メロディとハーモニーに注目してみよう
前回、楽曲分析(アナリーゼ)とは自由に音楽を感じることだと述べました。だけど、「自由に音楽を感じる」とは言ってもなかなかしっくりきません。「自由」って意外と難しいものです。また前回は、アナリーゼで注目するポイントとしてメロディとハーモニー、リズムを上げましたね。音楽の三大要素と呼ばれているこの3つのポイントのうち、まずはメロディとハーモニーに注目することから始めてみましょう。
メロディで見分けるべきポイント=順次進行と跳躍進行
メロディをアナリーゼする際には、まず音が順次進行しているのかもしくは跳躍進行しているのか見分けることから始めましょう。順次進行とは、ある音が隣り合った音に進行することです。例えば、次のようになります。
譜例1
この譜例を見てわかるように、cの音はdに、fの音はeに進行しています。(※なお、ここではドイツ語音名を用います。)
それでは、跳躍進行とはどのようなものでしょうか。勘の鋭い方は気がついているかもしれませんが、ある音が隣り合っていない離れた音に進行することを跳躍進行と言います。
譜例2
譜例2の通り、dの音がgに上行するのも、gの音がaの音に下行するのも跳躍進行です。ただし、ここで注意が必要です。譜例2のbで、gの音が下のaに進行するのではなく上のaに進行すると、これは順次進行になります。
譜例3
なので、順次進行と跳躍進行の見分け方は、音の名前が隣り合うかどうかではなく、実際の音が隣り合うかどうかで考えましょう。
図1
順次進行と跳躍進行を見分けることでわかることとは?
順次進行と跳躍進行を見分けることにはどのような意味があるのでしょうか? 次の例を見てみましょう。
図2
坂本九の有名な「見上げてごらん夜の星を」の冒頭のメロディです(著作権の関係上、音名のみを記載します)。まずは自分で順次進行の箇所にチェックを入れてみましょう。
図3
順次進行の箇所は上のようになり、赤丸で囲んでいる箇所以外は跳躍進行になります。このように見てみると、順次進行がたくさんあるメロディだと気がつきますね。一般に順次進行は歌いやすい進行です。実際に次の二つの例を比べてみると、明らかにaの方が歌いやすく感じます。
譜例4
aは順次進行のみでできていますが、bの方は跳躍進行のみでできているメロディです。順次進行はなだらかな柔らかい感じがしますが、逆に跳躍進行からはどこか緊張感のある印象を受けるのではないでしょうか。
それでは、先ほどの「見上げてごらん夜の星を」に戻ってみましょう。このメロディの冒頭ではすぐに跳躍進行し、hの音に進んでいます。その後はhを中心にしながら、aやc、dなど、その周辺の音を行ったり来たりしています。
図4
しかし、ただ音が行ったり来たりしているのではなく、全体的には次の譜例でチェックしているように、だんだんと下行していることがわかります。
図5
そしてeの音まで下がりきった後に、そのオクターブ上のeに跳躍します。その後は再び徐々に下行し、このメロディの主音であるgに到達します。
図6
このように見てみると、このメロディは大きな跳躍をした後に段々と下行し、そして下行しきった後にまた大きく跳躍し、再び下行するという構造になっていることに気がつきます。
先ほど、跳躍進行には緊張感が伴うと述べました。それはつまり、エネルギーの大きさが強いということでもあります。このメロディでは印象的な跳躍進行は2箇所のみとなっていて、その他の部分には比較的小さな跳躍進行はあるものの基本的に順次進行が中心です。そのため、メロディ全体がなだらかで穏やかな印象を与えています。(※5度までの跳躍は小さな跳躍進行と見ても問題ありません)
ところで、冒頭ではなぜ跳躍進行しているのでしょうか? 歌う人からすると、曲のはじめから跳躍進行するのは緊張しそうなものです。仮にこの部分を跳躍進行ではなく、順次進行にしてみましょう。もしかしたらそれでも良い音楽になるかもしれませんし、何よりも歌いやすいかもしれません。例えば次のようになります。
図7
しかし、確かに歌いやすくはなるものの、なんだか音楽の魅力が損なわれたような印象を受けます。跳躍進行の特徴は音楽の進行のエネルギーが大きいということですが、順次進行のなだらかなメロディも、跳躍の大きなエネルギーがあるからこそ、そのメロディの流れの良さが感じられるものです。
そして、この曲のタイトルは「見上げてごらん夜の星を」。このメロディの冒頭で跳躍進行しているために地上から夜空へとスポットが移動しているような感じがしないでしょうか。メロディを順次進行と跳躍進行の観点から見てみることでこのようなことを考えることができます。
音と音との配合で生まれるもの
ハーモニーについてアナリーゼするためにはどのようなことに着目してみると良いでしょうか?
ところで、私はハーモニーとはメロディをより美しく際立たせるものだと考えています。例えば、料理では食材にどのようなスパイスや香辛料をどの程度使うのかでその料理の味付けが大きく変わってきます。また絵画では、例えばりんごの絵を描くにしても、その色の配色のバランスによっては瑞々しいりんごにも、熟しきったりんごにもなります。料理や絵画でいうところの食材やりんごがメロディだとしたら、スパイスや絵具の配分による色付けがハーモニーです。そして料理や絵画と同じように、ハーモニーも微妙に変えることによってその曲の全体の雰囲気は変わり、メロディの印象も大きく異なってきます。
次の譜例を見てみましょう。
譜例5
2小節目の和音は、cとe、gisでできています。これは増三和音と呼ばれる和音で、コードでいうところの「オーギュメント」でもあります。この譜例はC-dur(Cメジャー)の曲ですが、そもそもC-durにはgisの音は含まれていません。このようにもともと含まれていない音を用いることによってオーギュメントができています。
譜例6
例えば、このオーギュメントのgisをgにして、普通のCのコードにすることもできます。
譜例7
しかし、これでは曲の印象が大きく変わってしまいます。オーギュメントではなく、普通のコードに戻るとなんとなく清涼な響きには聞こえますが、元々のオーギュメントが持っていたオシャレな感じがなくなってしまいました。オーギュメントという和音のスパイスがあるからこそ、このメロディがより美しく際立ってきますね。
オーギュメントコードが印象的な楽曲として、ビートルズの「From Me to You」や矢沢永吉の「時間よ止まれ」などが挙げられます。ぜひ一度聴いてみて、どこにオーギュメントが使われているのか探してみましょう。そして、その箇所がもしオーギュメントではなく、普通の和音だとどうなるのか試してみましょう。これこそがアナリーゼでハーモニーに注目する際の具体的な方法です。(※もちろん最近の曲にも頻繁にオーギュメントは用いられています。例えば星野源や藤井風の曲でも見られますので、様々な曲を聴いてみることをオススメします。)
まとめ
今回はメロディとハーモニーに着目して、楽曲分析(アナリーゼ)の具体的な方法を紹介しました。メロディを見る際には、順次進行と跳躍進行をまず見分けて、その理由を考察してみることが大事です。そしてハーモニーとはそのメロディの印象を大きく変えるスパイスのような存在でしたね。数あるハーモニーの中でも今回はオーギュメントを例に説明しました。
メロディを考えるにしても、ハーモニーを調べるにしても、アナリーゼをする際に取り組むことは、「別の可能性を考える」ということです。メロディを調べてみて、跳躍進行の箇所を、仮に順次進行にしてみたり、ハーモニーを考える中でオーギュメントを普通のメジャーコードに変えてみたりして、その印象の変化を実体験することはアナリーゼの醍醐味でもありますし、それこそ具体的なアナリーゼの方法だとも言えます。
次回はより様々なアナリーゼの方法を紹介しつつ、実際に楽曲の分析に取り組んでみたいと思います。