ヒット曲と比較してみよう
前回はポップスを分析(アナリーゼ)する際に注目するべきポイントとして、メロディとハーモニーを挙げました。
そしてメロディやハーモニーをアナリーゼするためには、そのメロディ、ハーモニーとは違う、「別の可能性を考えてみる」ことを意識することが大切でしたね。
そうすることによって、その音楽がなぜそのように作られているのかより具体的に感じることができるのでした。
さらに、アナリーゼをする際にはこれまでのヒット曲と比較してみるということが大事です。
そうすることによってアナリーゼしようとしている音楽の個性をよりハッキリと見つけ出すことができます。
ところで、かつて学生時代に先輩から聞いたことがあるのですが、某アイドルグループの音楽というのは「売れる法則」、「ヒットする法則」に基づいて作られているそうです。
そんな嘘みたいな法則があるのかなぁと、まだ大学に入りたての私は感じたものですが、いろいろな作品をアナリーゼしてみたり、実際に作曲をしてみると、人気の出る音楽というのは確かに人気の出るような法則に基づいて作られていることがあります。
たとえば、売れる作品に特徴的なハーモニーがあります。
その中でも特に有名なものが「カノン進行」です。
今回はまずカノン進行について考えてみて、その上でその他のコード進行についても少し深掘りしてみましょう。
多くの音楽に用いられているカノン進行とは?
そもそもここでいうハーモニーとは何なのかもう少し細かく考えてみましょう。
一般的にハーモニーとは「調和」といった意味合いで用いられることが多いです。
例えば、人と人との気持ちや、社会の中での秩序が良く保たれていることをハーモニーという言葉で例えられることがありますように、良い意味で用いられることがほとんどです。
そして、そもそもこのハーモニーの語源となったギリシア語のハルモニアは「一致、団結」といった意味合いを持ちます。
一般的な使われ方や語源を考えてみてもハーモニーを調和と考えることは何もおかしなことではなさそうです。
しかし、音楽においてハーモニーの意味することは若干異なってきます。音楽においてハーモニーとは、「和音の作り方」や「和音同士の繋げ方」を意味します。
ポップスの世界ではそれを「コード進行」という言葉で述べることが多いでしょう。
要するに、和音をどのように作って、その和音を他の和音にどのようにつなげていくのかということがハーモニーの課題なのです。
そして、和音の繋げ方には数多くの方法がありますが、そのうちの1つが「カノン進行」です。数あるハーモニーの法則の1つに過ぎないカノン進行がここまで有名なのは、この進行で音楽を作るととても心地の良い雰囲気に仕上がるためです。
そのために多くの音楽作品の中でこの進行が用いられています。
あえてここではカノン進行を用いている音楽の例を挙げませんが、カノン進行とは次のようなコードの流れになります。
カノン進行に特徴的なことは、ベースラインがだんだんと下降していることです。
譜例1(ここでは和音の種類をコードで示しています。)
皆さんどこかで聴いたことがあるのではないでしょうか。
具体的な曲名が思い浮かんだ方もいるかもしれません。
ここでアナリーゼに慣れるための課題として次のようなことに取り組んでみましょう。
譜例1をピアノなどで弾いてみて、具体的に曲名が思い浮かんだ人は実際にその音楽の譜面を見て、その音楽が本当にカノン進行になっているのか調べてみてください。
具体的に曲名が浮かんではいない人は何となくカノン進行で作られていそうな音楽を考えてみて、その音楽の譜面で調べてみましょう。
このような練習はアナリーゼに慣れるために有効ですし、このような練習を繰り返すことで、耳で聴いて感じた音楽の印象とその音楽の実際の譜面が一致してくるものです。
ぜひこのやり方でカノン進行が含まれている音楽を数曲探してみましょう。
その他のいろいろなコード進行
先ほど述べましたように、カノン進行とは数あるコード進行の中の1つの例に過ぎません。
他にも昔からよく用いられる進行もありますし、ある時期に爆発的に流行しているコード進行もあります。
これらをすべて詳しく解説するにはそれだけで大きな連載になってしまいますので、ざっと紹介しますと次のようになります。
譜例2
これらの例のうちのいくつか、いわゆる「クラシック音楽」にはなかなかみられない進行がありますので、すでに和声法などの勉強を通してクラシック音楽に親しんでいる人からすると違和感を感じるかもしれません。
そしてその違和感こそ、クラシック音楽とは異なる、ポップスの個性だとも言えます。
さて、ここでも先ほどのカノン進行の場合と同じように、譜例2をピアノで弾いてみて、それらのコード進行が含まれている音楽を探してみましょう。
カノン進行=ヒットの法則?
カノン進行に話は戻りますが、カノン進行で作られた音楽が多いということは、結局はカノン進行を見つけ出すことがポップスのアナリーゼの具体的な方法なのではないかとふと感じてしまいます。
ここでそれに関連して、ヒットするポップスの法則についてとても参考になる本がありますので紹介します。
それは、芸人でありつつもミュージシャンとしても活動をしているマキタスポーツさんの『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』という本です。
なかなかショッキングなタイトルに驚いてしまいますが、この本の中では日本のポップスの典型的な音楽の作られ方についてわかりやすく、そして詳しく解説がされています。
とても読みやすく良い本ですので、ポップスのアナリーゼに興味のある方には読んでみることを強くおすすめします。
そしてこの本の中で、チャート上位にあるJ-POPのアナリーゼ法について考えるにあたり非常に興味深い箇所がありますので、その部分を引用して紹介します。
”そもそも、なぜ私はヒット曲の分析をするようになったのでしょうか?−ヒットチャートや巷でよくかかっている曲を聴いて「どれも同じじゃないか!」と引っかかったところが出発点だったのです。”
『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』(マキタスポーツ著)より
さらに著者によれば、多くの日本のヒット曲に共通していることは、まず①その音楽に「カノン進行」が含まれること、②受け入れやすい「歌詞」で書かれていること、そして③「時代にウケる並べ方に」沿った「楽曲構成」であることだそうです。
ここまで端的に解説してもらうと、今回始まったばかりのポップスのアナリーゼについての連載の記事はこのマキタスポーツさんの発言をもって終わってしまいそうです。
彼の発言している通り、ハーモニーについて考えてみると売れる作品にカノン進行が含まれていることはあまりにも多いです。
少し踏み込んで考えてみると、この本が書かれたのは2014年です。
この記事が書かれている2021年からすると、決して古過ぎない年に書かれた本ですので、この本に記載されている内容は十分に現在でも通用することでありますが、この比較的短い期間に世の中は大きく変わりました。
それは2020年に起きた新型コロナウィルスの全世界的な蔓延です。
多くの知識人や政治家たちが、このコロナ禍の状況を「もはや戦時下である」と述べていたことが強く印象に残っています。
音楽をはじめ、芸術や文化が人間によって生み出されている以上、そしてその人間が社会や時代環境の中で生きて、その社会と調和、ハーモニーしている以上、社会や時代環境の激変は音楽にも重大な影響を及ぼすことは必然です。
そう考えてみますと、2014年時点のポップスの状況と現在のポップスの状況は明らかに異なるでしょう。
現在のポップスカルチャーにしか見られない、もしくは現在の音楽に特徴的なことは必ずあると思います。
まとめ
さて、今回はカノン進行をはじめ、ポップスで用いられているコード進行を紹介しました。
これらの知識は今後実際にアナリーゼをする中でとても役に立つものなのでよく覚えておきましょう。
また今回は、ヒットする音楽の法則とはどのようなものなのか、マキタスポーツさんの本をもとに紹介しました。
チャートの上位に登ってくるようなヒット曲にカノン進行が用いられていることは多く、さらにその中には名曲と呼ばれるような作品もあります。
それでは、それらの音楽はカノン進行で作られているからヒットして、チャートの上位に登って、最終的には名曲の仲間入りをしたのでしょうか。
先ほど、
①音楽に「カノン進行」が含まれること
②受け入れやすい「歌詞」で書かれていること
③「時代にウケる並べ方に」沿った「楽曲構成」であること
がヒットする作品の条件であると、マキタスポーツさんが述べていることについて紹介しましたが、彼はヒットの条件としてもう1つ挙げています。
それはオリジナリティです。
そしてマキタスポーツさんによりますと、このオリジナリティとは天才のみが持っているものではないとのことです。
このオリジナリティとは、その作曲家が自分自身の経験、自分自身の生身の言葉で音楽を作ることによって作られるものです。
(ちなみに、本の中ではそういった意味でオリジナリティのある音楽の例として、「トイレの神様」が挙げられています。)
そしてこのオリジナリティという言葉にこそ、この本の書かれた2014年の音楽には見られない現代のヒット曲の音楽的な個性を探る鍵が隠されています。
2014年の音楽にももちろんその時代特有のオリジナリティがあるように、現代にも時代特有のオリジナリティは必ずあります。
その「時代特有」のオリジナリティを探してみることで、現代の音楽をアナリーゼするためのキッカケを得ることができます。
次回は現代のJ-POPのヒット曲をアナリーゼするために知っておいた方が良いことについて考えてみましょう。