【ポップス分析05】ポップスの楽譜を用いるために

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ポップスのアナリーゼでぶつかる課題

これまでにポップスを分析(アナリーゼ)するための方法として次のようなことを紹介してきました。

・メロディやハーモニーの特徴を掴むこと
・典型的なポップスの作り方やその他のジャンルを知った上でそれらと比較してみること
・書かれている音とは別の可能性を考えてみること

しかしポップスをアナリーゼする際には、ある大きな課題に直面します。それは楽譜の問題です。今回と次回を通してポップスの楽譜の問題について考え、実際にアナリーゼをしてみましょう。

クラシックをアナリーゼするには原典版を

少し話が大回りしますが、クラシック音楽には原典版と呼ばれる楽譜があります。原典版とは、作曲者の意図を可能な限り忠実に反映した楽譜のことです。ここで、「そもそも楽譜とは作曲者の意図を忠実に反映しているものではないのか?」と疑問に感じる方もいるかと思います。J.S.バッハの例を挙げて考えてみましょう。

よく学校の音楽室に掲げられているその肖像画を見ますと、バッハはカツラを被っていて、その服装もだいぶ昔のものであることがわかります。バッハは17世紀に活躍した作曲家なので、その作品についてバッハから直接意図を確認することはもはやできません。もしバッハが今も生きていたら、その作品の意図について質問しながら彼の考えを忠実に反映した楽譜を出版することができますね。

さらに、バッハに限らず昔の作品の場合、その作品が本当にその作曲家の作品なのかはっきりしないことがあります。バッハが活動した300年前といえば日本では江戸時代です。その頃に書かれた貴重な文書が突然見つかっても、それがいったい誰によって書かれたものか調べることは大変なことです。

なので、作曲家の意図に忠実な原典版を出版するということはとても大変なことなのです。原典版の出版に向けてその作曲家の自筆譜を元に、楽譜の書き方から音楽理論的な特徴や筆跡の特徴を元に判断するだけではなく、その作曲家本人や周辺の人々が残している文書を参考にしながら原典版は作られます。

途方もなく大変な作業によって作られる原典版ですが、その分この原典版に対する信頼感はしっかりしたものになり、そのため原典版には権威があります。なので、クラシック音楽のアナリーゼをする際には、まずこの原典版を見ることで問題ないでしょう。

クラシックとポップスの楽譜ができるまでの過程とは?

音楽大学の作曲専攻などで教えられるようなクラシック音楽における作曲の流儀では、メロディやハーモニー、リズムだけではなく、その音楽の構造からオーケストレーションまで、様々なことを考えて、詳細に記譜することが求められます。そして作品が完成された後に何度か改訂を施し、楽譜が出版されます。

クラシック音楽における音楽制作の過程
作曲家が楽譜を完成させる(この時点での楽譜を「初稿」と言ったりします)
完成された楽譜に基づき演奏される(基本的に忠実に演奏されることが多いです)
作曲家自身によって改訂され、場合によっては再演される
3の過程を何度か経た後に、最終的な改訂稿が出版される場合がある(この出版譜を原典版とすることが多いです)

ポップスの音楽制作で特徴的なことは編曲家(アレンジャー)の存在の大きさです。よく音楽番組を観ていると、楽曲のタイトルに作詞家と作曲家の名前に加え、編曲家の名前が記載されることがあります。と言いますのも、ポップスの作曲家はメロディやコード進行の創作のみを担当していることが少なくなく、それはつまりクラシック音楽の作曲家とは異なり、ハーモニーやオーケストレーションなどは考えない場合があるということです。また、イントロなども作曲家の創作ではないことがあります。

それでは、楽曲はどのようにして音楽に仕上げられるのでしょうか。ここで編曲家の力が必要になります。編曲家が、作曲者が作った音楽の簡単なアウトラインやデモテープを元にその音楽を整えて、さらにはオーケストレーションなども考えていきます。

しかし、それは編曲家が自由に音楽を仕上げることができるというわけではありません。編曲家は作曲者の意図や考えを汲み取った上で、作曲者のイメージを音楽で再現します。そのために、編曲家には作曲の幅広い知識や経験が求められます。なので、ポップスの編曲家は音大出身者であることも少なくはありません。

ポップスにおける音楽制作の過程
作曲家が楽曲のアウトラインを考える(この時点では、メロディだけの場合やコードだけの場合などあります)
1を元に編曲家が、作曲者のイメージを反映させつつ楽曲を整え、ハーモニーやオーケストレーションを考える(詳細に楽譜が書かれるとは限りません。DTMの打ち込みによるアレンジの場合もあります)
演奏や録音をする
(場合によっては)
楽譜として出版される(必ずしも作曲者や編曲者が出版譜を作るとは限りません。出版社などで耳コピから楽譜が作られることもあります

アレンジされた楽曲を再アレンジ=リ・アレンジ

以上のような過程を経てポップスは作られますが、その楽曲がさらに別の編曲家によって再度アレンジされることもあります。たとえば、筒美京平が作曲した『木綿のハンカチーフ』は発表当初作曲者本人と萩田光雄によって編曲されましたが、その楽曲は武部聡志によって再度編曲、プロデュースされ、『筒美京平SONG BOOK』というトリビュート・アルバムとして2021年3月に発表されました。(※2021年5月時点では、YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」でも確認できます)

また同じく筒美京平の楽曲で、1985年に発表された『卒業』は武部聡志によりアレンジされましたが、2021年にNHKのテレビ番組「SONGS」内で発表された『卒業』も武部本人よって再アレンジされています。ただし2021年のものは、1985年では斉藤由貴のソロだったものが生田絵梨花とのデュエットに変わり、楽曲も冒頭にサビの部分を持ってくるように構成されています。

このように同じ楽曲が再度アレンジされることがあり、これを「リ・アレンジ(re-arrange)」と言います。クラシック音楽にもリ・アレンジはありますが、基本的にクラシック音楽の世界では原曲の方が重要視されます。それに対し、ポップスの世界ではリ・アレンジされた楽曲も元の原曲と同じように聴かれますので、クラシック音楽のように重要視されないということはありません。

しかしそれは、ポップスにはさまざまなアレンジが平等に存在し、そのために楽譜の取り扱いが難しくなるということを意味します。なぜならば、たとえば同じ楽曲でも10年前に発表されたものと最近リ・アレンジされたものとでコード進行が若干異なっていても、その違いに原曲とリ・アレンジという優劣がないため、楽譜が複数存在し得るからです。ですので、私たちはどの楽譜を元にしながらアナリーゼするべきなのか判断する必要があります。

まとめ

今回はクラシックとポップスの制作過程の違いから、それぞれの楽譜の成り立ちについて考えてみました。クラシック音楽には原典版があり、それには信頼があるためアナリーゼの際には基本的に原典版を用いれば良いのでしたが、ポップスでは制作過程の違いからそもそも楽譜にそこまで大きな重要性がないのでした。

また、ポップスの制作過程では編曲家の役割が大きく、編曲家によってその楽曲は異なってきます。そして、一度発表された楽曲を同じ編曲家や別の編曲家がリ・アレンジすることによって、さらにその楽曲の印象は変わってくることもありましたね。

編曲家によって音楽が変わってくるのでしたら、それではその音楽をアナリーゼするためには何を用いた方が良いのでしょうか?  詳しくは次回説明したいと思いますが、まずはアナリーゼしようとしているその楽曲の好きな音源を探し出すことから始めてみましょう。そこからポップスのアナリーゼは始まります。

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