【ポップス分析09】オリジナルとカヴァーの違いから見る「流行る」理由

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目次

ポップスの歴史に登場するヒットするカヴァー曲

ポップスの歴史の中でカヴァー曲が大ヒットすることがあります。たとえば、2018年にヒットしたDA PUMPの『U.S.A.』も実はカヴァー曲の一つです。この曲がその年の日本レコード大賞にノミネートされた際には大きな反響を呼びました。それは、日本レコード大賞はカヴァー曲には与えられないとされているためです。

結果的に『U.S.A.』は大賞を逃してしまいましたが、そのダンスの中で同年に亡くなった西城秀樹をオマージュしたことによって多くの人々に感動を残しました。(西城秀樹本人もカヴァー曲である『YOUNG MAN』が大ヒットしたのにもかかわらず、レコード大賞を受賞することができませんでした。)

大賞を取ることができなくても『U.S.A.』や『YOUNG MAN』がヒットしたように、カヴァー曲がチャートの上位にランクインされることがあります。そして、そのカヴァーの原曲、オリジナルはもともと特に有名な曲ではない場合もあります。平原綾香の『Jupiter』もそのような楽曲の一つです。もともとクラシック音楽の作曲家であるグスターブ・ホルストの吹奏楽作品であった『Jupiter』は2004年のオリコンチャートで上位に位置しました。

『Jupiter』の例とは逆に、クラシック音楽の歌手がポップスをカヴァーすることによってヒットすることもあります。声楽家の秋川雅史が歌った『千の風になって』がその例で、なんとこの楽曲は2007年の年間オリコンの1位を記録しています。

ところで、どのような音楽でもヒットの背景には必ず社会現象との関わりがあります。カヴァーがヒットする背景にはどのような社会的な影響があるのでしょうか。今回はポップスにおけるオリジナルとカヴァーに注目をしてアナリーゼをしてみましょう。

ヒットしたカヴァー曲『亜麻色の髪の乙女』

『亜麻色の髪の乙女』という楽曲があります。島谷ひとみの歌で有名なこの楽曲は1968年にヴィレッジ・シンガーズによって歌われたものです。島谷が歌ったものはカヴァーになりますが、現在では『亜麻色の髪の乙女』といえば島谷ひとみのイメージが強いですね。2002年に彼女によって歌われた『亜麻色の髪の乙女』は、年間のオリコンチャートの上位にランクインするほどの売り上げがあり、まさに大ヒットしました。40年近くも前に発表された楽曲がここまで人気を博するためにはどのような理由があったのでしょうか。

今回はこの『亜麻色の髪の乙女』を題材にしますが、比較的シンプルな楽曲であるため、これまでに取り上げたスピッツやaikoの楽曲と比べるとアナリーゼしやすくなります。アナリーゼに慣れていくために、今回は質問形式にしながらアナリーゼを進めていきますので、皆さんも自分自身で考えながらこの記事を読み進めてください。

まずは島谷ひとみが歌った『亜麻色の髪の乙女』(以降では「島谷版」と記載します)とヴィレッジ・シンガーズが歌った『亜麻色の髪の乙女』(以降では「ヴィレッジ・シンガーズ版」と記載します)を聴き比べてそれぞれの特徴を書き留めてみましょう。書き留めたら次に進んでください。

オリジナルとカヴァーの特徴の違い

 まず、島谷版の特徴としては次の2点が挙げられるでしょう。

・アップテンポになっていること
・コード進行が複雑になっていること

もちろん上記以外の特徴を挙げていても正解です。今回のアナリーゼではこの2点に着目しながらアナリーゼを進めていきましょう。これらの特徴を表にまとめますと次のようになります。

表1

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このような特徴の違いがなぜ生じているのか検討するために、オリジナルであるヴィレッジ・シンガーズ版の構造を調べてみましょう。楽曲の中でメロディの種類はいくつあるでしょうか?

メロディの繰り返しに注目して

『亜麻色の髪の乙女』には次のように大きく分けて2つのフレーズがあります。

“亜麻色の長い髪を”~

“バラ色のほほえみ”~

『亜麻色の髪の乙女』(作詞:橋本淳)より

1つ目のフレーズをA、2つ目をBとしますと、ヴィレッジ・シンガーズ版の構造は次のようになります。

表2

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ところで、この楽曲のサビはどれでしょうか? これまでのアナリーゼで見ましたように、サビはその楽曲の一番の見せ所になるフレーズですね。『亜麻色の髪の乙女』ではメロディAがこの楽曲を一番良く印象付けているフレーズなので、これがサビだと言えそうです。『亜麻色の髪の乙女』はサビのメロディから始まっていることになりますね。

表2で見ましたように、サビに当たるメロディAは繰り返し歌われますし、間奏でも用いられています。間奏も含めるとメロディが出てくる回数は4回になります。

しかしメロディAはそれぞれ微妙に形が変えられているのです。1番の冒頭のメロディA(つまり、1回目のメロディ)は“亜麻色の長い髪を”から“恋をしているから”までに当たります。このメロディと、2回目のメロディA(A→B→A(←このメロディ))を比較してみると、後者は短くなっているように感じるのではないでしょうか? 実は前のメロディAではフレーズが1度繰り返されているのに対して、後のメロディAでは繰り返しはありません。

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2回目のメロディの長さは1回目の半分になっています。どうしてこのように変形されているのでしょうか?

作曲においてメロディの繰り返しは2回までにして、3回目はその形を変形するという手法があります。それはメロディの繰り返しが多くなると、聴き手にくどい印象を与えてしまうためです。仮に『亜麻色の髪の乙女』で4回出てくるメロディAの形を一切変えないで歌うことを想像してみてください。どこかしつこい印象を受けるのではないでしょうか。

そもそも、くどさを感じさせないためにメロディを変形しなければいけないことの根本的な起因は、この楽曲で用いられるメロディの数が2つしかないことにあります。これまでにアナリーゼしたスピッツや桑田佳祐の楽曲には3つ以上のメロディが用いられていました。数が多い分それぞれのメロディを繰り返す回数が少なくなるため、そのメロディを変形させる必要はなくなります。

しかし『亜麻色の髪の乙女』ではメロディの数は2つしかないので、楽曲全体をこの2つのメロディで作り上げなければいけません。そのためメロディを繰り返す頻度が多くなり、変形させる必要が生じるわけです。メロディの数が少ないからこそその形を変える必要があるということは、この楽曲をアナリーゼする際のポイントになります。

ここで島谷版を見てみましょう。この版でもメロディAが4回出てきますが、ヴィレッジ・シンガーズ版では間奏に用いられていたメロディAが、島谷版ではイントロの歌に用いられています。

表3

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そして島谷版ではメロディAの繰り返しによって聴き手を飽きさせないためにより細かな工夫がされています。その工夫こそが最初に特徴として挙げた、アップテンポになっていることと、コード進行が複雑になっていることなのです。

この2つの工夫によってどのような効果が生じているのでしょうか?

アップテンポとコードの変化から考えられること

島谷ひとみが歌う『亜麻色の髪の乙女』は全体的にアップテンポにアレンジされていますが、イントロはゆったりとしたテンポになっています。これは音楽全体のメリハリを付けるための効果的な手段となっています。

クラシック音楽でも用いられる手法ですが、1つの楽曲の中で対比的な部分を作るという作曲法があります。たとえば楽曲全体が明るい曲だとすると、その楽曲の中間で暗い雰囲気になる部分を作ったり、楽曲全体がゆったりとした曲でもどこかに速いフレーズを含めたりと、コントラストになるような部分を作ることがあります。そのことによって楽曲全体にメリハリが付き、何よりも聴き手を飽きさせないという効果が望めるのです。

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つまり島谷版では、イントロでメロディAをスローテンポで歌うことによって、それがアップテンポで歌われる1番以降のメロディAとの対比になっています。そして、それは楽曲全体のメリハリとなるだけではなく、繰り返し歌われるメロディAから聴き手がマンネリを感じないための工夫にもなっているわけです。

さらに島谷版ではコード進行にも工夫されています。イントロのメロディAのコード進行を見てみましょう。これはヴィレッジ・シンガーズ版と同じ進行です。

譜例1

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しかし、1番の最初のメロディAでは次のようなコード進行になっています。☆印の付いている箇所が譜例1の●印の箇所と異なることに注目しましょう。

譜例2

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譜例2のようにコード進行を変えることによって、より効果的に聴き手を飽きさせない工夫がされているのです。さらに島谷版では楽曲の後半で転調します。次のように長2度上のキーに変わっていますね。

譜例3

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これも聴き手がくどさを感じずに楽曲を聴くための工夫の一つです。実はこのように楽曲の後半で転調することはポップスによく見られる王道の手段でもあり、このようにすることで聴き手を飽きさせないだけではなく、楽曲の雰囲気がよりドラマティックなものになります。たとえば楽曲の後半での転調が印象的な楽曲としては松田聖子の『瑠璃色の地球』などが挙げられますね。

まとめ

以上で考察したように、『亜麻色の髪の乙女』はヴィレッジ・シンガーズによって歌われたものと島谷ひとみによって歌われたものとではテンポ感に違いがあり、さらに島谷版ではコード進行の変更や転調がされていました。この島谷ひとみによって歌われた2002年のバージョンに見られる音楽的な工夫は、メロディが少ないこの楽曲において聴き手を飽きさせないようにしているだけではなく、その工夫によってより時代にマッチした楽曲に仕上げられているようにも思えます。

2002年といえばFIFAワールドカップが日本で開催されたり、ノーベル賞に日本人から2人も選出されたりと良いニュースの多い明るい年でした。よく景気の良い時には派手な色が流行ると言われることがあります。音楽においても同じ傾向があるとするならば、最初に述べたようにヒットの背景には必ず社会現象との関わりがあることになります。

ところで、2020年から2021年にかけて若い人たちの間では昭和ポップスが流行しました。そして、昭和ポップスの「レトロっぽさ」が流行った2020年前後にはカヴァー曲も多かった印象があります。たとえばエレファントカシマシの宮本浩次のカヴァーアルバムがリリースされたり、筒美恭平のトリビュートアルバムでは様々な歌手によってその楽曲がカヴァーされたりしました。これからもカヴァー曲が流行し、かつての『YOUNG MAN』のように大ヒットし、いつかそれが日本レコード大賞を受賞する日も来るのかもしれません。

今回はカヴァー曲をアナリーゼしましたが、その方法としてはオリジナルとカヴァーを比較することが効果的です。比較することによって音楽的な特徴の違いを感じ取ることができます。そして、そのような特徴的な違いに注目することはカヴァー曲だけではなく、様々な楽曲のアナリーゼにおいても有用ですので、アナリーゼの手法の一つとしてしっかり吸収しておきましょう。

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