歌いにくいYOASOBIの楽曲
2020年前後のポップスにおいてミュージックビデオは重要なものです。あいみょんにしてもOfficial髭男dismにしても、そのミュージックビデオが注目されて、いわゆる「聖地巡礼」が行われることもあります。よりクオリティの高いミュージックビデオを作ることも、現代のポップスカルチャーにおいて大切なことで、このように音楽と映像という2種類の表現媒体が一緒になることによって音楽産業が活性化されているとも言えそうです。
様々な表現の形が一つの音楽になるという意味で注目したいアーティストに、YOASOBIが挙げられます。ボーカルのikuraと作曲のAyaseによるユニットであるYOASOBIは小説を音楽にするという独特なコンセプトで生まれました。さらに彼らの楽曲に付けられた質の高いミュージックビデオも注目されることが多いです。
そんなYOASOBIの楽曲は歌いにくいとたびたび言われます。それはAyaseがボーカロイドを用いる作曲家(いわゆる「ボカロP」)であることが大きな理由です。と言いますのも、本来歌声には「音域上の制約」があるからです。
たとえば、伊福部昭の『管弦楽法』には声の音域(声域)として次のように紹介されています。
譜例1
次の音域はそれぞれフルートとクラリネット、ヴァイオリン、チェロの音域です。
譜例2
譜例1と譜例2を比較しますと人の声の音域はかなり狭いことがわかります。
歌を作る際にはこの音域上の制約と向き合わなくてはいけませんが、ボーカロイドは機械によって音が発せられるため、人の声が本来持っている音域的、技術的な制約は無くなります。そのため、ボーカロイドを用いることによって歌の作曲はより自由に行うことができます。そしてその自由のために本来は歌うことの難しい音域やフレーズを使って作曲をすることができてしまいます。YOASOBIの楽曲における歌いにくさはこの自由のためなのです。
さて、まずはYOASOBIの楽曲がなぜ難しいのか簡単に述べましたが、彼らの楽曲で特に注目すべきなのは転調の仕方です。実はYOASOBIの楽曲における転調について多くの方が既に注目していて、別のサイトでも解説されていることがありますが、個人的には少し異なった解釈をしています。
今回はYOASOBIが世間的に広く知られるようになり、2020年の紅白でもテレビで初めて披露した『夜に駆ける』を題材にして、その転調法をアナリーゼします。
キーを上げることによって生まれるドラマティックな効果
『夜に駆ける』の構造は次のようになっています。
表『夜に駆ける』の構造
表中の※が付けられているCフレーズで転調が行われています。元のキーがa-moll(Aマイナー)だとしますと、C(※1)ではgis-moll(G♯マイナー)、C(※2)ではh-moll(Bマイナー)になります。
前回までのアナリーゼで紹介しましたように、楽曲の最後で転調することはポップスによく見られる手段の1つです。たとえば、松田聖子の『瑠璃色の地球』や前回取り上げたOfficial髭男dismの『Universe』では次のようなコード進行で転調しています。
譜例3
このようにポップスではクライマックスでキーが半音、もしくは全音上がるように転調されることが多いです。それはなぜでしょうか?
一般的に、息を用いる楽器は音が高くなれば高くなるほど張りのある音になります。フルートでもオーボエでもクラリネットでも、高音域の音は鋭く張った音になりがちです。これは声が発する音も同じで、高ければ高いほどその音は緊張感のある音になります。
ところで、転調するということはそのメロディの最高音がずれるということでもあります。次のメロディはドイツ民謡『夏の山』のメロディの一部です。このメロディの最高音は赤丸で囲まれているdの音になります。
譜例4
譜例4をそのままG-durに転調しますと、次のように最高音はaの音になりますね。
譜例5
つまり、キーを上げることによってそのメロディの最高音も上がり、歌声もより緊張感のある強い音になるのです。声に張りができることは楽曲をよりテンションの高くドラマティックなものにします。クライマックスでキーを上げることでそのような効果が生まれるのです。
逆に音楽を落ち着かせるためには
しかし、『夜に駆ける』ではC(※1)でキーが高くなるのではなく、むしろ低くなって、その後にC(※2)で短3度キーが高くなっています。キーが低くなるC(※1)をそのまま削除してC(※2)に直結すると次のように典型的なポップスの転調になります。
譜例6
どうやらC(※1)でキーが半音下がることが鍵のようです。
多くの解説ではこの半音下がった転調について、「楽曲を落ち着かせる」効果があると考察されています。たしかにキーを上げることによって楽曲がドラマティックに盛り上がるのであれば、逆にキーを下げると楽曲は落ち着きそうなものです。理論的に考えてみても、キーを下げるということは歌う音域がそのまま下がり、それに伴ってメロディの最高音も下がることになります。それであれば歌声の緊張感も緩和されたものになります。
しかし、音楽とは複雑なものです。キーが下がることが必ずしも楽曲を落ち着かせることには繋がらない場合もあります。そして実際に『夜に駆ける』のC(※1)からは落ち着いた印象を私は感じませんでした。
それはC(※1)に至るまでの流れに原因があるのだと思われます。C(※1)の直前までこの楽曲はアップテンポで進行します。先ほどまとめた構造の表でも確認しましたように、この楽曲のメロディの数は少なくとも5つあり、それは一般的なポップスと比べて多いです。そのため楽曲全体からどこか落ち着かないような印象を感じます。
楽曲はひたすらテンションが上がっていく中で、いきなりC(※1)の直前で無音になり、キーが下がってC(※1)のフレーズが歌われます。ポイントはこの下線が引かれている部分です。直前までテンションをひたすら上げた状態でいきなり無音になることでは、音楽が落ち着くことはありません。
何事においても高くなったテンションを下げて落ち着かせるためには用意と、ある程度の時間が必要です。たとえば週末にデートを予定しているとしましょう。そのデートに向けてファッションやランチのことを考えてワクワクします。そのワクワクしたテンションはデートの日が近づくにつれて高まっていきます。そしていよいよデート当日。楽しかった1日は無事に終わり、家路につく時もそれまでのワクワクは続いています。
よく「興奮さめやらない」という言葉が使われますが、楽しくてテンションの上がったデートは終わった後でも、その上がったテンションはなかなか下がらないものです。デートが終わった途端にすぐに気持ちを切り替えられると、それは本当に楽しかったのかと不安になりますよね。
つまり楽曲の中で落ち着かせる部分を作るためには、その前に落ち着かせるために工夫する必要があります。その工夫として、音をだんだんと小さくしたり(デクレッシェンド)、だんだんとテンポを落としたり(リタルダンド)します。
さらにC(※1)の直前で無音になる部分があることにも注目しましょう。無音であるということは静かな状態であると言えますが、静かな状態は必ずしも落ち着いた状態であるとは限りません。
たとえば「嵐の前の静けさ」という言葉があります。これは何かしらの不吉な出来事、災難が起こる前の不気味な静けさのことを言います。また、映画館で映画を見ている最中に静かなシーンが流れると、ポップコーンをかじったり咳をしたりすることもためらってしまうような緊張感のある静かな状態になることがありますね。
一般的に静かな状態とは落ち着いた心地よいイメージとして考えられることがありますが、ここで挙げた例ではむしろ張り詰めた緊張感を感じさせる、どちらかといえば落ち着かない状態になります。
『夜に駆ける』の場合だとC(※1)の前でデクレッシェンドもリタルダンドも行われずに、いきなりC(※1)の直前で無音になってキーが下げられます。つまり、このC(※1)はそもそも落ち着かせる部分として書かれたものではないと言えるのです。
アンビバレンスが生み出す不穏な緊張感
ではなぜここまでテンションが上がっているのにキーを下げているのでしょうか? テンションが上がっているのであれば、むしろキーも上げることが音楽の流れとしては自然です。テンションは高いのにもかかわらず、自然な音楽の流れに反してキーを下げているという状態はアンビバレント、つまり相反する状態であると言えます。
ところで、『夜に駆ける』は『タナトスの誘惑』という星野舞夜による短編小説を元にした楽曲です。この小説の中には死の欲求を持っている「彼女」が出てきます。この「彼女」がこれから飛び降りようとしている時に、「僕」はそれを止めようとします。死にたがる「彼女」とそれを止めようとする「僕」が言い争っている最中、「僕」は「僕も死にたいよ!!」と発してしまいます。すると「彼女」は「ニッコリと」笑います。そして結果的に「彼女」も「僕」も死を選びます。
今から死のうとしている、ある意味で悲劇的な瞬間に、「ニッコリと」笑うような、このグロテスクなまでにアンビバレントな状態は強い緊張感を与えます。もっとも、小説の中では、「彼女」の笑顔を見て、「僕」の中のドス黒いものが消える感覚がしたと書かれていますので、その緊張感はすぐさま解消されているとも解釈できますが、アンビバレンスが強い緊張感を伴うものであるということはイメージしやすいことではないでしょうか。
つまり、『夜に駆ける』のC(※1)でキーを下げているのは、アンビバレントな状態にするためであり、そのことによって楽曲には強い緊張感が走ります。これは落ち着いた状態であるというよりもむしろ不穏で落ち着かない状態です。そして、このアンビバレントに不穏な状態はC(※2)で短3度上の調に上げられることによって、ドラマティックに解決されます。
この転調の効果的な用い方こそがこの楽曲の最大のすごさであると私は考えています。
まとめ
今回はYOASOBIの『夜に駆ける』における転調法についてアナリーゼしました。
この転調の特徴は一般的なポップスとは異なり、まずキーが下げられることでした。この点については楽曲を「落ち着かせる」効果があると考察されることもありますが、ここではむしろ逆に緊張感を生み出す効果があると考えました。それはテンションが高いのにもかかわらずキーが下げられるという、アンビバレントな状態のためでした。
もちろん今までに何度か述べましたように、私の解釈は唯一絶対なものではありません。音楽の正しい解釈が1つしか無くて、すべての人がそのように解釈しなければいけないものでしたら、音楽が多くの人々に愛されることはなかったでしょう。
重要なことは自分自身が感じた音楽の印象を、実際の音楽と照らし合わせながらその原因を自分なりに探ることです。そのようにして得られた解釈は全て正しいものだと私は信じています。
さて、今回は一見相反するような状態が音楽の緊張を高めているということを読み解きました。これはかなり高度な解釈の仕方で、音大で作曲を勉強している学生の中にもできない人はいるでしょう。しかし今回のアナリーゼを通して、この解釈のポイントとして挙げられることは次の通りです。
①楽曲がアップテンポだと基本的に音楽のテンションは高くなる
②メロディの数が多ければ多いほど、楽曲が落ち着かない印象を与える
③テンションが高い時にいきなり無音になると緊張感が生み出される
④音楽のテンションが落ち着く直前は、デクレッシェンドやリタルダンドされて、だんだんと落ち着かせるのが一般的である
⑤以上の①から④であるのにもかかわらず相反する要素が他にあれば、そこに緊張感が生まれる
以上の5点はあくまで音楽の傾向に過ぎませんが、楽曲の緊張状態についてアナリーゼする際に注目するポイントとして覚えておくと良いでしょう。さて、次回はいよいよ最終回となります。最終回ではこれまでのアナリーゼを総まとめして、今後のアナリーゼに活かせる方法を紹介したいと思います。