これまでの内容をまとめて
ポップスの楽曲分析(アナリーゼ)についての連載は今回でいよいよ最終回となります。これまでにクラシック音楽をアナリーゼするための手法をポップスに援用しながら分析を試みました。まずはポップスの音楽的な特徴を紹介し、その上で実際にアナリーゼに取り組みました。以前に述べましたようにアナリーゼは習うよりもまずは慣れることが上達の早道です。
今回は今後のアナリーゼに活かすために、これまでに紹介したポップスの音楽的特徴やアナリーゼの実践例をまとめたいと思います。
ポップスをアナリーゼするために
アナリーゼをするためには、事前に音楽の知識や経験を持っていることがメリットになります。それは、楽曲をその他の定番な楽曲と比較するということが、アナリーゼの重要な手法の一つであるためです。だからこそ、音楽とはどのようなものなのか知っておくことは大切です。
しかし、音楽の知識や経験はすぐに得られるものではありません。そこでポップスをアナリーゼするために最低限として知っておいた方が良いものを抑えておきましょう。それは、ポップスのジャンルとポップスがどのように作られているのかということです。
まず、ジャンルについては第4回の記事の中でフォークとロック、バラードを中心に紹介しました。
もちろんその他にも様々なジャンルがあります。歌謡曲や演歌、アニソン、イージーリスニングなどジャンルを挙げればキリがありません。まずはそのジャンルごとに2、3曲聴いてみると良いでしょう。それだけでもジャンルごとの雰囲気をある程度感じ取ることができます。
また、ポップスがどのように作られているのか紹介するために、第3回の記事の中でマキタスポーツの『すべての J-POP はパクリである 現代ポップス論考』を題材にしました。
この本には典型的なJ-POPの特徴として次のように書かれています。
①カノン進行が含まれること
②受け入れやすい歌詞で書かれていること
③流行に基づく「楽曲構成」であること
これらの特徴は現代のポップスに完全に当てはまるものではありませんが、この本は典型的なJ-POPについて知るための示唆に富んだものです。
そして第5回から第6回にかけてクラシック音楽とポップス音楽の制作過程の違いに着目し、ポップスにおける楽譜の存在について考察しました。
ポップスはクラシックの場合とは異なり、楽譜の存在が非常にあいまいです。ポップスとして作曲された楽曲はアレンジされることが一般的であるため、同じ楽曲でも版によってはその楽譜に書かれていることが少しずつ異なることが珍しくなく、そのために楽譜の取り扱い方には注意が必要なのです。
その注意の一つとして、まずは公に販売されている楽譜を用いることが大切です。販売されている楽譜は基本的に信頼できるものです。
そしてポップスのアナリーゼにおいては、アレンジによって変わりにくい部分、つまりその楽曲のオリジナリティが含まれる部分を中心にアナリーゼすることも大事です。そのオリジナルな部分とは、第6回ではメロディとコード進行だと述べました。それにリズムも加えましょう。これらは音楽の3要素に該当し、アレンジによって大きく変わることが少ない部分なのです。ポップスをアナリーゼする際にはメロディ、ハーモニー(コード進行)、そしてリズムという音楽の3要素に着目しましょう。
アナリーゼの第一歩~楽曲の印象と構造~
さて、ポップスをアナリーゼするために最低限なことを踏まえた上で、私たちは次のような楽曲をアナリーゼしました。
表
アーティスト名 | 楽曲名 |
---|---|
スピッツ | 『空も飛べるはず』 |
桑田佳祐 | 『波乗りジョニー』 |
aiko | 『ボーイフレンド』 『ロージー』 『桜の時』 |
島谷ひとみ/ヴィレッジ・シンガーズ | 『亜⿇⾊の髪の⼄⼥』 |
BUMP OF CHICKEN | 『天体観測』 『車輪の唄』 |
あいみょん | 『マリーゴールド』 『君はロックを聴かない』 『桜が降る夜は』 『ハルノヒ』 『愛を知るまでは』 |
米津玄師 | 『パプリカ』 |
Official 髭男 dism | 『Universe』 |
YOASOBI | 『夜に駆ける』 |
楽曲をアナリーゼする際には、①まずその楽曲を聴いて、②その印象をまとめることから始めます。そして、③楽曲の全体的な構造をまとめ、④②で感じた印象の理由を考察します。
楽曲の構造はメロディやサビという用語ではなく、A、B、Cというようなアルファベットを用いると良いでしょう。新しいメロディが出るたびにアルファベットを振るのです。そうすることによってこの楽曲にどれくらいのメロディが用いられていて、そのメロディがどのタイミングで歌われるのか一目瞭然です。もちろんメロディ、サビなどの用語で構造をまとめても問題ありませんが、アルファベットでまとめる方が先入観を排した冷静な見方がしやすくなります。
構造についてまとめましたら、その楽曲で印象に残った部分を詳細に分析します。その際に重要なのは先ほども述べましたように、音楽の3要素に着目してアナリーゼすることです。
しかし「着目する」とは言ってもまだ漠然としています。そこで、これまで私たちがアナリーゼした楽曲から、そのアナリーゼのポイントを抽出してまとめてみましょう。それぞれのポイントをどの回のどの楽曲において着目したのか分かりやすくするために、記事の回数と楽曲名も併せて記載します。
楽曲の特徴の探し方
メロディにおいて注目するポイント
・順次進行が中心か跳躍進行が中心か(第2回『見上げてごらん夜の星を』)
→順次進行が多いと歌いやすくなだらかな音楽になりやすく、跳躍進行が多いと歌うのが難しく雄大な音楽になりやすい
・メロディが上行しているのかもしくは下行しているのか(第10回『車輪の唄』※ここではベースライン取り上げました)
→メロディが上行すると感情が高まっていくような印象を、メロディが下行すると感情が落ち着いていくような印象を与える
・メロディに普通の音階には含まれない音が含まれているかどうか、もしくは独特な音階の特徴が見られるかどうか(第12回『パプリカ』)
→例外的な音が含まれていると音楽の雰囲気が独特になる。特に民謡に由来する音階を用いるとノスタルジックな雰囲気になりやすい
・メロディの最高音と最低音はどこか(第14回『夜に駆ける』)
→クライマックスには最高音が置かれることが多い
ハーモニーにおいて注目するポイント
・主和⾳がどれくらいの頻度で用いられているか(第6回『空も飛べるはず』)
→主和音がなかなか現れないと緊張感が高まる
・メインで用いられているコードはメジャーコードかマイナーコードか(第6回『空も飛べるはず』)
→メジャーコードが多いと明るい印象に、マイナーコードが多いと暗い印象になる
・オーギュメントコードやディミニッシュコード、テンションコードなどの特殊なコードが用いられているかどうか(第8回『ボーイフレンド』)
→独特なコードは楽曲をおしゃれな雰囲気にする
リズムにおいて注目するポイント
・長い⾳符と短い音符のどちらがメインに用いられているか(第7回『波乗りジョニー』)
→長い音符が多いとゆったりとした雰囲気に、短い音符が多いと勢いのある雰囲気になりやすい
・シンコペーションや裏拍が強調されたリズムが用いられているかどうか(第10回『天体観測』、『車輪の唄』)
→シンコペーションや裏拍が強調されたリズムを用いると楽曲に推進力が生まれる
・使われているリズムは楽曲全体に見られるモティーフかどうか、そしてそれは変奏されているのかどうか(第13回『Universe』)
→楽曲全体で同じモティーフが用いられると音楽に統一感が生まれる
また、伴奏の楽器の増減や歌詞の韻に注目することで楽曲の特徴を見出すこともできます。特に「伴奏の楽器の増減」という観点では、ポップスに特徴的な盛り上げ方の手法を見出すことができます。
これまでのアナリーゼを通して、『波乗りジョニー』やあいみょんの多くの楽曲で見られ、詳細については第7回と第11回の記事に記載していますが、楽曲のクライマックスの直前でいきなり伴奏が薄くなり、静かな雰囲気になることがあります。
そのようにすることでクライマックスとの差がより明確になり、楽曲の盛り上がりをさらにドラマティックに演出することができます。これもポップスによく見られる手法の一つですので、そのような部分を見つけましたらチェックしましょう。
楽曲を比較することによって得られる多角的な解釈
以上に列挙したポイントによって楽曲の特徴を分析できましたら、その上で別の楽曲と比較しましょう。比較することは効果的なアナリーゼの方法で、それによって楽曲のオリジナリティが浮き上がってきます。
これまでに比較を通してアナリーゼした回は3回あります。オリジナルとカヴァーの比較を行った第9回、同世代のアーティスト同士で比較を行なった第10回、そしてアナリーゼする楽曲と一般的な音楽との比較を行なった第14回です。
まず第9回の記事では、カヴァー曲という観点で『亜⿇⾊の髪の⼄⼥』を比較しました。ヴィレッジ・シンガーズによって歌われたものと島⾕ひとみによって歌われたものとで比較し、テンポ感の違い、コード進⾏の変更や転調の有無などの違いが見つかりました。その違いの差から時代に求められる音楽像の違いまでも垣間見ることができました。
そして第10回の記事では、BUMP OF CHICKENをその同世代のサカナクションと比較しました。楽曲のタイトル、内容から観念的で実験的な印象を受けるサカナクションに比べて、BUMP OF CHICKENの楽曲はその歌詞の世界がストレートに伝わってくるような音作りがされていました。
最後に第14回の記事ではYOASOBIの『夜に駆ける』を取り上げました。この楽曲では音楽が盛り上がる箇所でキーが下げられていました。これは一般的な音楽のメカニズムと比較すると特殊なことですが、あえてこのようにすることで楽曲に緊張感を⽣み出していると考察しましたね。これも一般的な音楽の作られ方と比較することによって際立つ特徴であります。
このように楽曲を他の楽曲や典型的なJ-POPと比較することによって、その楽曲のオリジナリティが際立ち、より多角的なアナリーゼが可能になります。
最後に、これからアナリーゼするために
全15回の記事でポップスのアナリーゼをするための方法を急ぎ足で紹介しました。初めてアナリーゼをする人にとって最初は難しく感じることもあったでしょう。それでも最初に述べましたように、アナリーゼの上達のためには慣れることが大切です。慣れるために自分自身で少しずつアナリーゼに取り組んでみてください。
音楽は音によって成り立っていますが、音は目に見えない抽象的なものです。音が抽象的で目に見えないからこそ、音楽は人それぞれにとって様々な印象を与え、人によって音楽の理解が異なってくるわけです。
それは音楽の解釈とは常に自由であるということを意味します。しかし、その自由のためには音楽をよく聴いて自分なりの根拠を持つことが大切です。
私はアナリーゼとは楽曲との会話であると考えています。皆さんはある人と知り合いになりたいと思った時、まずはその人に話しかけるのではないでしょうか。話すことによってその人のことがわかってきます。そして会話を通して、その人との距離が近くなります。
また、会話には双方の意思の疏通がされる必要があります。自分の話だけを述べたり、逆に相手の話を聞いたりするだけでは会話とは言いませんよね。
ですので、音楽と会話をするアナリーゼにおいて、まずはその音楽に耳を傾けることが大切です。音楽が語りかけることをしっかりと受け止めてそれを自分なりにどのように解釈するのか、そういう試みの繰り返しによってアナリーゼが可能になり、音楽はより身近なものになります。
これでこの連載は最後になりますが、最後に今後のアナリーゼのために参考になる本やメディアを紹介したいと思います。私は本や雑誌、テレビ番組などの出典がはっきりしているものを参考にしながらこの連載を進めましたが、次に紹介するものはその中でも今後のアナリーゼのために参考になるものです。アナリーゼに行き詰まったり、疑問に感じたりすることがありましたらぜひ参考にしてみてください。
・マキタスポーツ『すべての J-POP はパクリである 現代ポップス論考』扶桑社
この連載で何度か紹介した本です。典型的なJ-POPがどのように作られているのか解説されています。充実内容にも関わらず、文章はとても読みやすく書かれています。
・テレビ朝日『関ジャム 完全燃SHOW』ホームページURL(https://www.tv-asahi.co.jp/kanjam/)
様々なアーティストが出演し、音楽の制作の裏側について紹介しています。前述の『すべての J-POP はパクリである 現代ポップス論考』を読んだ上で、この番組を視聴するとより幅広い音楽の知識が得られるでしょう。
・成瀬正樹『決定版 コード進行スタイル・ブック』株式会社リットーミュージック
様々なコード進行が紹介されています。さらにそのコード進行がどのアーティストのどの楽曲に用いられているのか記載されていますので、コード進行をアナリーゼする際に参考になります。
・武部聡志『すべては歌のために』株式会社リットーミュージック
アレンジャー武部聡志の本です。本の中では武部が携わった楽曲の制作の裏側について書かれています。どのようにポップスが作られているのか知るために参考になります。今回はアレンジャーが著したものとしてはこの本のみを参考にしましたが、その他のアレンジャーやポップスの制作者の本がありますので、他にも読んでみると良いでしょう。