2020年代のポップスシーンを彩る豊かな個性たち
2020年代前後のポップス音楽の動向を見ると、その個性の豊さが目立ちます。米津玄師に始まり、King GnuやYOASOBI、Official髭男dism、藤井風など、その個性は豊かで多様、キャラクターが被ることはありません。
この世代を代表するアーティストの一人としてあいみょんが挙げられます。あいみょんについて特に注目すべきなのは、彼女は若年層だけではなく幅広い世代にファンを持つということです。
幅広い世代に人気があるということは珍しいことです。多くの場合、若い世代に人気のあるアーティストは年配の世代にとっては好ましくないもののように映ったり、逆に年配の世代が聴く音楽は若い世代にとっては時代遅れなものに思われたりするものです。ただでさえ現代は個人の好みがより細分化され、同じ好みや趣味を持った者同士でのみの交流がもたれる時代です。異なる趣味を持った人とはなかなか絡まないものです。
だからこそあいみょんが幅広い世代に人気のあるということは稀有なことです。なぜ彼女の楽曲は人気があるのでしょうか? アナリーゼを通して、あいみょんの人気の秘密を探ってみましょう。
まず、あいみょんの楽曲の構造をアナリーゼします。取り上げる楽曲は『マリーゴールド』、『君はロックを聴かない』、『桜が降る夜は』、そして『ハルノヒ』と『愛を知るまでは』。この5曲の中から気になる曲を選び出してその構造をまとめてみてください。ある程度まとめることができましたら、その答え合わせとして次に進みましょう。
楽器の増減とシンクロする緊張と緩和
さて、先ほど挙げた楽曲の構造をまとめますと次のようになります。
表1『マリーゴールド』の構造
表2『君はロックを聴かない』の構造
表3『桜が降る夜は』の構造
表4『ハルノヒ』の構造
表5『愛を知るまでは』の構造
全ての楽曲で共通してイントロから始まり、1番、2番と続いた後に間奏が挟まり、その後に3番でサビが朗々と歌われます(※5曲ともCフレーズがサビになっています)。その上で注目すべきは間奏から3番のサビにかけての部分です。
以前に桑田佳祐の『波乗りジョニー』を分析した際に、楽曲の盛り上がりを演出するために3番のサビの直前で伴奏の楽器の数が少なくされていると述べました。
このことを掘り下げて考えてみましょう。音楽の途中でいきなり伴奏が薄くなると人は緊張感を感じるものです。それはたとえば、補助輪が付いた自転車を漕いでいる最中に、その補助輪が外れてしまうことによって生じる不安定な感じと似ています。その不安定な感じ、緊張感は元の楽器の数、もしくはそれ以上のボリュームでサビが歌われることによって緩和されます。音楽とは緊張と緩和の繰り返しであると言われることがありますが、伴奏の楽器数の増減によっても緊張と緩和が調整されるのです。
そして楽器数の増減によって生じた緊張感は、楽曲のクライマックスに向かうための力をもたらします。ポップスの場合クライマックスはサビに置かれることが多いのですが、その直前で強い緊張感を生じさせることが重要です。そうすることによって楽曲の盛り上がりに到達したいと聴き手に感じさせることになり、楽曲のクライマックスを盛り上げることができるのです。だからこそ『波乗りジョニー』では間奏から3番のサビにかけて楽器数が調整されていました。
今回取り上げているあいみょんの楽曲でも同じ手法が用いられています。間奏からサビにかけての部分(※)で伴奏の楽器数が少なくなるように作られており、このことによって生じた緊張感によってクライマックスを迎えることができます。
『マリーゴールド』の明るさと暗さ
コード進行の観点からあいみょんの楽曲を見る場合、特に注目したい楽曲は『マリーゴールド』です。2018年にリリースされ、まさにあいみょんの名前が広く知られるきかっけになったこの楽曲のコード進行は次のようになっています。AフレーズとBフレーズ、Cフレーズのコード進行を掲載します。
譜例1(以下の譜例は全てC-durに置き換えています)
さて、このコード進行からどのようなことがわかるでしょう? ここでスピッツや桑田佳祐を思い出してみましょう。
スピッツや桑田佳祐の楽曲ではCフレーズをより際立たせるために、メジャーコードとマイナーコードのコントラストが利用されていました。つまり、サビにあたるCフレーズはメジャーコードを中心としたコード進行で作り、逆にその前のBフレーズはマイナーコードを中心とすることによってコントラストを生じさせるのです。
そうすることによってCフレーズとBフレーズで明暗のコントラストが付けられ、それぞれのメリハリがはっきりとします。それはCフレーズを盛り上げるためにも効果的な手法でした。
メジャーコードが中心か、マイナーコードが中心かということは、そのフレーズの中でどちらがより多く用いられているのか調べることによってわかりますが、より手っ取り早くわかるためにはフレーズの始まりのコードを調べてみると良いです。フレーズの始まりのコードは、そのフレーズの明暗の雰囲気を決定づけるコードです。たとえば『空も飛べるはず』でも『波乗りジョニー』でも、そのサビの直前にあたるBフレーズはどれもマイナーコードから始まっていました。
譜例2
『マリーゴールド』でもBフレーズはマイナーコードから始まっていますね。
譜例3
こうすることで『マリーゴールド』ではサビの明るさがより良く聴こえます。
『マリーゴールド』のコード進行についてさらに付け加えることとしては、この楽曲のAフレーズはカノンコード風であるということです。
譜例4
カノンコード風の進行が用いられていることもこの楽曲の人気の一つかもしれません。
あいみょんの楽曲に感じる新しい時代の自由さ
ここまでアナリーゼしてわかった特徴は主に次の通りです。
・間奏から3番にかけて伴奏の楽器数が増減することによって、緊張と緩和が生じている
・コード進行において、サビとその直前のフレーズで明暗のコントラストが作られている
この結果、楽曲にメリハリが付けられ、クライマックスでの盛り上がりは効果的に演出されます。
そしてアナリーゼの際にスピッツや桑田佳祐の例を参照しましたように、あいみょんの楽曲で見られた手法はJ-ポップの王道手段です。あいみょんの楽曲がどうして人気があるのか、その秘密の一端はそこに見られます。
ここで少し話は逸れますが、音楽は意外にも保守的な芸術媒体です。絵画と文学はそれがもしアヴァンギャルドなものだとしても、ある程度人々に受容される可能性はありますが、アヴァンギャルドな音楽はなかなか人に受け入れられることがありません。たとえば、ピカソや岡本太郎の作品は前衛的で難しいものでありながらも、それを好む人が一定数いるのに対して、ウェーベルンの弦楽四重奏曲はマニアックな聴衆でない限り聴かれることは滅多にありません。
かつてフランスの作家ロマン・ロランが述べたように、音楽が多くの人に受け入れられるためにはその音楽にどこかで聴いたことのあるような要素を含めることが大切です。しかしそれは簡単なことではありません。ただ単にどこかで聴いたことあるような、伝統的な作曲手法を用いても、下手をするとそれは他の誰かの楽曲の焼き直しのようになってしまうのです。
大切なことはこれまでに用いられていたような王道の方法を使用するだけではなく、その伝統的な曲作りの手法とオリジナリティをブレンドすることなのです。
それではあいみょんのオリジナリティ、独自性とは何なのでしょうか?
改めて述べることでもないのですが、あいみょんは女性アーティストです。女性のアーティストといえば、中島みゆきや椎名林檎、JUDY AND MARYのYUKI、さらにはMISIAや西野カナなどがいます。
特に以前に題材にしたaikoは、その雰囲気や関西出身ということから、あいみょんと共通点があるような印象を与えます。しかしaikoの楽曲には普通のポップスには見られないようなコード進行があり、音楽理論的に解釈することが困難でした。それはaiko独特の自由の現れでしたね。
あいみょんの楽曲には、aikoの楽曲に見られたような奇抜さはありません。むしろ先ほどから述べているように、それはJ-ポップの王道のようであり、むしろスピッツなどの男性アーティストの延長線上にあるように思えます。
そしてあいみょん自身もインタビューなどで述べているように、その歌詞は男性目線であることが多いです。これまでの女性アーティストの楽曲の多くは、女性の視点から書かれた歌詞を持っており、このことが女性の人気を得る要因の一つでもありました。(言うまでもないことですが彼女たちが人気を獲得できたのはそれだけではなく、アーティスト本人のカリスマ性や楽曲そのものの良質さの賜物でもあります。)
しかし、あいみょんの歌詞は男性的な視点で書かれていることが多いです。実はここにあいみょんの独自性があるのではないかと考えます。
あくまで個人の解釈として述べますが、2020年代前後はそれまでにあったような「男らしさ」や「女らしさ」という枠組みが次第に薄くなった時代でした。ジェンダーレスで中性的なものも次第に受け入れられ、まさに多様性の時代を迎えつつありました。
このような小難しいことを考えずに、あいみょんは自身の感性を信じて自由にその歌詞を書き上げていると思いますが、少なくともその楽曲を受容する時代が多様性に向かいつつある時代であったということは注目すべきことです。楽曲の性別に囚われない自由さが時代とマッチしたのかもしれません。
つまりあいみょんの魅力とは、伝統的な手法が用いられていて、どこかで聴いたような懐かしい印象をもたらしつつ、その楽曲には女性でありながら男性目線の歌詞内容を持つという新しさ、自由さがあるということ。そして、その自由はむしろ女性にとっての自由の現れであるとも考えることができます。
まとめ
今回はあいみょんの楽曲をアナリーゼしました。彼女の楽曲にはこれまでの男性アーティストが用いていたようなJ-ポップの王道的な手法が見られました。さらに加えて、女性アーティストでありながらも男性目線の歌詞内容を持つというオリジナリティもその楽曲に見られましたね。
先ほども述べましたように、音楽が多くの人々に受け入れられるためにはその音楽にどこかで聴いたような要素を含めることが大切です。あいみょんの楽曲においてその要素とは、男性アーティストから受け継いだ作曲方法であるといえます。
しかしながらそれだけでは男性アーティストの亜流になってしまう恐れがあります。彼女の楽曲では女性アーティストとして男性目線の歌詞が書かれており、それがあいみょんの独自性の一部となっています。過去から受け継いだ曲作りの方法と自身のオリジナリティとのブレンドによって、あいみょんの楽曲は2020年代において幅広い世代に好かれるのだと解釈することができます。
さて、今回行ったように過去のアーティストの楽曲との共通点を見つけることは、アナリーゼを進めやすくする方法の一つです。逆に共通しない部分を見つけることも重要です。今回は深掘りすることはできませんでしたが、あいみょんの場合だとaikoの楽曲に共通しない部分を見出せそうですね。
皆さんも、共通する部分と共通しない部分、それぞれを取り上げてアナリーゼしてみましょう。