特有和音の扱い方について
これまでに転調の実例を挙げながら、特有音が転調に際してどのように機能するのか紹介しました。特有音が含まれる和音を用いることで、簡単に調を変えることができました。今回は実際に転調をするための方法を学んでいきましょう。
まず特有音が含まれる和音を用いる際に気をつけるべきことは、対斜が生じないようにすることです。対斜を避けるということは借用和音について解説した際にも述べたことで、転調においても対斜は生じないようにしましょう。次の例は禁じられます。
譜例1
この例では①のテノールに置かれたgと、②のソプラノに置かれたgisで対斜が起きています。本来ならば、次のように①のgは半音上がることでgisに進むべきです。
譜例2
次のように半音関係になる音を含まない場合、対斜は生じないので気をつける必要はありません。
譜例3
それでは、早速ここで練習問題に取り組みましょう。和声記号を参考にしながら、次の短いバス課題を解いてみましょう。
練習問題
練習問題解答例
「スマートな」転調をするために
前回学んだように、転調する先の特有和音を媒介させることで、調を変えることができました。たとえばCdurからGdurに転調する場合は、転調先のGdurに特有な音であるfisを含む和音が用いられることで転調できます。よりスマートな転調をするためにはもう少し工夫が必要です。それは転調前の調と後の調で共通する和音を用いて和声進行を作るということです。たとえば、Cdurの音階上の音それぞれに和音を乗せてみると次のようになります。
譜例4
これらの音は、Gdurでは次のような和声になります。
譜例5(Cdurと比較しやすいようにIの和音ではなくIVの和音から配列しています。)
c-e-gの和音はCdurでは主和音ですが、GdurではIVの和音になりますし、CdurでVIの和音にあたるa-c-eの和音はGdurではIIの和音になります。ある和音は調が変わることでその機能も変わるのです。このことを上手に活用しましょう。たとえば次の例を見てください。
譜例6
CdurからGdurに転調しています。⑤のd-fis-a-cの和音がGdurの特有音であるfisを含む和音ですので、この和音がきっかけとなりGdurに転調しています。
ただ、その準備はもう少し前からされていると考えることができます。譜例中の③の和音はg-h-dとなっていますが、これはGdurのIの和音であると読むことも可能です(実際にはCdurのVの和音)。そして④はCdurのVIですが、GdurのIIと同じ和声構成音を持ちますので、IIの和音であると見なすこともできます。
つまり、③から⑥にかけてGdurで読み解くと、「I→II→V7→I」という和声進行になっていると読めるわけです。このように転調の準備をするとよりスマートに調を変えることができます。
近親調転調のバス課題に取り組んでみよう
譜例7
このバスには和声記号が振られていませんので、まず和声進行を検討することから始めなければいけません。
先にこの曲はどのような調で成り立っているのか考えてみましょう。ポイントは「調号」と「始めと終わりの音」です。調号としてシャープが3つ付いていますので、Adurかfismollのどちらかであることが分かります。そして音楽は基本的に主調の主和音から始まって、主調の主和音で終わるものです。この譜例はaの音から始まってaの音で終わっていますので、aを主音とするAdurの曲であることが考えられます。
譜例8
次に考えるべきことは、どのような転調先があり得るかということです。ここでは近親調に限定した転調を学んでいますので、Adurの近親調であるEdur、Ddur、fismoll、amollに転調することができそうです。
譜例9
バスの進行を見る限りでは、少なくとも4小節目まではシャープやフラットなどがついていませんので、Adurのままであると思われます。
ポイントは7小節目に現れるgの音です。この音はAdurには含まれません。一体どの近親調に属する音なのでしょうか? 先ほどの譜例9を見てみると、Ddurにはgの音が含まれます。なので、7小節目ではDdur、つまり下属調に転調しているものと考えることができるのです。
譜例10
7小節目で転調のきっかけが現れていますが、その「準備」はその前からされています。5小節目第1拍までは確実にAdurの圏内ですが、それより後からはAdurとしてもDdurとしてもどちらでも解釈できるのです。もしAdurとして解釈すると、5小節目の第2拍目から7小節第1拍目まで、「II→V→I→II」と和声進行していることになり、Ddurであれば「VI→II→V→VI」と進行していることになります。
どちらとしても不自然なものではありません。先ほども述べましたように、このように転調前と転調後の調、どちらとしても解釈できる部分を転調の直前に置くということはよりスマートに転調するためのコツです。ここでは5小節第2拍目からDdurとして解釈しましょう。
譜例11
では、どこまでがDdurなのか考えてみます。9小節目と10小節目に現れているdisとeisの音に着目しましょう。この2つの音はDdurに含まれない音ですので、ここで転調しているものと思われます。Adurの近親調のうちdisとeisの音を用いる調はどれでしょうか? まず属調であるEdurはどうでしょうか? Edurの準固有和音やドッペルドミナンテを調べてみても、この2つの音を含む和音は見当たりません。Edurであることはなさそうです。
譜例12
平行調のfismollではどうか考えてみましょう。こちらはドッペルドミナンテにdisを、Vの和音にeisを含みますね。
譜例13
続いて同主調amoll。この調にはdisは含まれてもeisは含まれないので、amollには転調していないことになります。
譜例14
以上のことから、9小節第2拍目からはfismollとして解釈できそうです。11小節目より後は課題の終止も近いので主調に戻っていると考えることが妥当です。
譜例15
この和声記号に基づいて和音を付けてみると次のようになります。
譜例16
課題を解くためのこの一連の流れを大変そうに思うかもしれません。しかし慣れてくるとすぐにできるようになりますので、少しずつ親しんでいきましょう。
今回の課題は次の通りです。和声記号から考えて解いてみましょう。
課題
前回の課題は、転調の過程について解釈するものでした。課題に和声記号を振ったものを挙げます。
前回課題解答
まとめ
近親調への転調について、その実践の仕方を紹介しました。近親調に限定したものでしたが、転調の方法はとても様々で、たとえば同じロマン派の作曲家でもショパンとリストの転調法は大きく異なります。つまり、転調の仕方というのはその人の個性が強く表れるのです。様々な作品を研究しながら、自分自身のオリジナリティも磨いていきたいですね。頑張って課題にチャレンジしましょう。