対位法を一通り終えたところで
一通り対位法を学んだところで、作曲にどのように応用できるのか考えていきましょう。とは言っても、多くの作曲家たちは一つの作品の中で対位法の技術だけではなく、和声法や楽器法、形式についての知識など様々なものを駆使して作曲しています。しかも、その一つの作品の中で、「ある部分は和声法のテクニックで、また別の部分は対位法のテクニックで作られている」というように明確に分けることはできません(そんな風に分けることができる作品もなくはないのですが)。
まずここでは対位法の応用の仕方について、対位法的な楽曲とされているカノンとフーガに限定して紹介します。
カノンとは?
まずカノンの例として次の作品を紹介します。
譜例1
一度は聞いたり歌ったりしたことのある「カエルの歌」です。ちなみにこの「カエルの歌」はドイツの民謡で、「Froschgesang(「フロッシュゲザンク」。直訳すると「カエルの歌」)」と呼ばれています。カノンの導入としてよく例に出されます。この譜例を見ると、②の声部は①の声部と同じ旋律になっています。このように同じ旋律がずれて演奏されても不思議と噛み合って聞こえるのがカノンです。
辞典ではカノンについて、「厳格な模倣による対位法的書法、及びその楽曲(音楽之友社『ポケット音楽辞典』より)」と説明されています。模倣するためには模倣されるものが必要ですが、この模倣されるものは譜例1では①の声部であり、この①を②の声部が模倣しています。模倣される①の主題は「Dux(ドゥックス)」、模倣する②は「Comes(コメス)」と名付けられています。
またカノンの特徴として、DuxとComesの関係は「厳格」である必要があります。ここでの「厳格」とは、わかりやすい言い方をすれば「自由のない」という意味に近いものです。たとえば「カエルの歌」のカノンもComesは厳格にDuxを模倣しなければいけません。ですので、次のようなComesは認められないのです。
譜例2
ComesがDuxと同じようにcの音から始まる場合、譜例2のComesの*が付いている部分はDuxの*が付いている部分と同じようになるはずですが、ここでは厳格な模倣ではなく、音程がずれて模倣されています。このようなことはカノンでは認められません。カノンであれば次のように*と*は同じようになるべきです。
譜例3
カノンで大事な「厳格さ」について
さて、このまま「カエルの歌」を題材にしてカノンの解説をしても良いのですが、この曲はカノンについて紹介される時によく出される題材なので、ここではさらに他の楽曲も例に出してみましょう。
譜例4
これは「あぁ、冬が帰ってくる」というドイツの民謡です。これをカノンにしてみると次のようになります。なお、カノンにしやすいように原曲を少し改変しています。
譜例5
先ほどの「カエルの歌」ではComesはDuxよりも上の声部に置かれましたが、この譜例5のようにDuxの下方に置くことも可能です。またこのようにDuxとComesの音程関係が8度であるものは「8度のカノン」と呼ばれます。音程が1度であれば「1度のカノン(もしくは「同度のカノン」とも)」、5度であれば「5度のカノン」、6度であれば「6度のカノン」と呼びます。
譜例6
つまり、Comesは必ずしも、Duxと同じ音で模倣するというわけではないのです。ここは少しわかりにくく感じることもあるかもしれませんので、もう少し例を挙げて詳しく解説します。先ほどカノンの模倣は厳格である必要があると述べました。これは、ComesがDuxと同じ音から始まれば、最初から最後までDuxと1度もしくは8度ずれた旋律として、「厳格に」模倣される必要があり、たとえば、ComesがDuxと5度ずれて始まれば、最初から最後までDuxと5度ずれた旋律として、「厳格に」模倣される必要があります。
カノンの「厳格さ」は、DuxとComesのそれぞれの対応する部分で音程関係を一貫させることに現れるのです。つまり、次のようにComesがDuxと7度ずれて始まるとするのなら、Comesは模倣するDuxの部分と一貫して7度ずれる必要があるのです。
譜例7
しかし次の*の部分のように対応する部分の音程関係が途中から変わることは、カノンの厳格さに反します。
譜例8
なお、たとえば6度のカノンの場合でも、長6度であるのか短6度であるのかということはここでは問題にされません。つまりDuxとComesの関係が長6度であっても短6度であっても「6度」として同じものと考えますし、増5度であっても減5度であっても「5度」として同じものと考えます。しかし教程によっては長短や増減の違いまで考慮して、より厳格に模倣するものもあります。
さて、カノンは厳格な「対位法的」楽曲であるということですので、これまで習った対位法の規則(特に不協和音の扱い方)についても気を付けなければいけません。例を挙げると、次のようにカノンの中で生じる不協和音も規則通りに処理しましょう。
譜例9
ここで気が付いている方もいるかもしれませんが、全ての主題(Dux)に1度から8度まで全てのカノンを作ることができるというわけではありません。むしろあるDuxには1度と4度のカノンを作ることはできても、6度のカノンは作ることができなかったり、また別のDuxには5度のカノンを作ることはできても、1度や8度のカノンは作ることができないということはよくあることです。その点がカノンの難しさでもあります。
今回は次の課題を出します。この旋律を元にカノンを作ってみましょう。1度から8度までの間でどのカノンが作ることができるのか試してみてください。
課題1
旋律を反転させたもの、逆にしたもの、さらに反転させたもの…
カノンには様々な種類があります。先ほど紹介したものはその中でも定番のカノンで、「平行カノン」と呼ばれます。平行カノンの中にさらに1度のカノンや5度のカノンなどの種類があると考えた方が良いでしょう。平行カノンの他にも、「反行カノン」と「逆行カノン」、そして「逆反行カノン」、「拡大カノン」、「縮小カノン」などがあります。それぞれの説明に入るために、まずは覚えておかなければいけないことがあります。それは「反行」と「逆行」、「逆反行」について。次の譜例を見てください。
譜例10
これは短い旋律ですが、対位法的な楽曲ではこれを鏡で写したようにして用いることがあります。
譜例11
つまり、譜例10は始めがcの音で、そのcが5度上がってgになり、gはタイで伸ばされ次は2度下のfになっていますが、譜例11は始めのcの音が5度下がってfになり、fはタイで伸ばされ次は2度上のgになっています。ここでは詳細を省きますが、その後も譜例10と譜例11は音の進行方向が鏡のように反転していることがわかります。この場合、譜例10を「原形」と呼び、譜例11はその「反行形」と呼ばれます。
次の譜例はどうでしょうか?
譜例12
これは「逆行形」と呼ばれるもので、譜例10の最後の音から逆方向に記したものです。次はその逆行形を譜例11のようにさらに反転させたもの、つまり「逆反行形」です。
譜例13
このように、譜例10の原形は3つの形に変えることができます。この考え方は後の時代に生まれた「12音技法」という理論にも援用されることになった概念です。このことも覚えておきましょう。
それでは今回はもう1つの課題として、次の旋律の原形を元に反行形と逆行形、逆反行形を作ってみてください。
課題2
前回の課題の解答例は次のとおりです。
前回課題解答例
まとめ
今回はカノンについて紹介しました。カノンとは厳格な模倣による対位法的楽曲のことで、この「厳格な模倣」とは主題Duxとその模倣であるComesの音程関係が終始一貫していることでした。DuxとComesの音程が1度であれば最後まで1度で、2度であれば最後まで2度で模倣しなければいけないのでしたね。
今回紹介したものは平行カノンと呼ばれるものでしたが、カノンにはその他にも種類があり、それを理解するために「反行」と「逆行」、「逆反行」についても紹介しました。反行は原形を鏡のように反転したもので、逆行は原形を逆方向から読んだもの、逆反行は逆行をさらに反転させたものでした。
今回のことを踏まえて次回はカノンのさらにいろいろな種類を紹介したいと思います。しっかり復習しておきましょう。