カノンの様々な種類について
前回は主題DuxをComesがそのままの形で厳格に模倣する「並行カノン」について学びました。それと同時に、音型の「反行形」や「逆行形」、「逆反行形」についても紹介しましたが、これらをカノンに応用すると「反行カノン」、「逆行カノン」、「逆反行カノン」が作られます。反行カノンではComesはDuxの反行形に、逆行カノンではComesはDuxの逆行形に、逆反行カノンではComesはDuxの逆反行形になります。それぞれの例を挙げると次のようになります。
譜例1
譜例を見てみると、①のDuxに対して②のComesがそれぞれ反行形、逆行形、逆反行形になっていることが分かりますね。
実はカノンにはさらに種類があります。まずは「拡大カノン」。Comesの音の長さ(専門用語では「音価」と言います)がDuxに対して2倍になったカノンのことを拡大カノンと言います。次の譜例を見てみましょう。
譜例2
ここではより分かりやすくするため、二分音符のみから成るメロディにしています。音価が2倍になるということは、二分音符が2個分の長さである全音符になるというわけで、次のようになります。
譜例3
ここで気がついている方もいるかもしれませんが、Comesが2倍の長さになるカノンがあるということは逆に2分の1の長さになるカノンもあります。そのようなカノンを「縮小カノン」と言います。譜例2のメロディを縮小、つまり2分の1にしてみると、次のように二分音符が四分音符になるのです。
譜例4
ここで簡単な練習問題として、次のメロディを拡大、縮小してみてください。
練習問題
練習問題解答
バッハのパズル
ここまでに並行カノン、反行カノン、逆行カノン、逆反行カノン、そして拡大カノンに縮小カノンを紹介しました。音型を様々に加工して、もはやパズルのような印象を受けるかもしれませんが、個人的にはパズル感覚で音楽理論に親しむことも良いのではと思います。
ここでバッハの、それこそパズルのようなカノンを紹介したいと思います。紹介する作品は『音楽の捧げ物』の「蟹のカノン」。短い作品なので楽譜を載せましょう。
譜例5
楽譜の①のメロディを最後から読んでみると、②のメロディになります。これまでに学んだカノンとは違って、ComesがDuxよりも数小節遅れて演奏されるのではなく、同時に演奏されているのですが、逆行カノンになっています。このような作品を分析することによって、カノンの書き方を学ぶこともできますので、詳しい分析は別の回で取り組んでみましょう。
ところで、バッハに限らず、多くの作曲家がカノンを書いてきました。かのベートーヴェンは、知り合いへの挨拶のついでにカノンをプレゼントしていたとか。カノンの名曲と呼ばれる作品は多くはありませんが、ショパンやベルリオーズなど、少し意外な作曲家が書き残していたりします。興味がありましたらぜひ聴いてみてください。
フーガのDuxとComes
カノンだけではなく、フーガも対位法的な楽曲です。カノンは厳格な模倣による楽曲でしたが、フーガではカノンに比べるとその厳格さはなくなり、より自由に書かれます。
そして、フーガにおけるDuxとComesはカノンのように最初から最後まで続くものではなく、むしろ2~4小節程度の短いものになります。フーガのDuxとComesはソナタにおける主題と同じようなもので、DuxとComes、もしくはその他の主題を自由に組み立ててフーガを作ります。
カノンのようにDuxとComesの音程関係を厳格に一貫させる必要はないため、より書きやすくなりそうなものですが、その分フーガには「形式の決まり」があります。ここではあくまで対位法について解説するため、形式についての詳細は省きますが、大まかに述べますとフーガは3つの部分から成り立ちます。まずはDuxとComesが現れる「提示部」と、主題が反行形になったり、拡大形になったりして「展開」される「展開部」。最後に再び主題が元の形で出される「終結部」があります。対位法的には冒頭のDuxとComesの関係と展開部が注目すべきところですので、今回と次回でそこに限定して解説します。
フーガにおいてComesは厳格にDuxを模倣するのではなく、適宜自由に調整しながら進んでいきますが、フーガの作り方に関してある程度の慣習はあります。まず基本的にComesはDuxの5度上にあたる音から始まります。しかしそれはDuxが主音から始まる場合に限り、Duxが属音から始まる場合は、Comesの最初の音は4度上にあたる音になるのです。次の例をみてください。
譜例6
これはバッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻の第1番のフーガの冒頭です(わかりやすくするため、楽譜のレイアウトを少し変えています)。①と記している部分がDuxで、②がComes。Duxが主音にあたるcの音から開始しているのに対し、Comesはその5度上の音、つまり属音であるgから開始していますね。これがフーガの基本的な冒頭の形です。
続けて次の例を見てください。
譜例7
この作品も同じくバッハの作品で、gmollのフーガです(こちらも楽譜のレイアウトを少し変えています)。今度は①のDuxはdの音、つまり属音から始まっています。この場合は②のComesは4度上の音であるgの音(主音)から開始することになりますが、この開始音より後はDuxの5度上になります。
フーガのDuxとComesの関係について、実際に作って理解しましょう。次の譜例はcmollのフーガのDuxとして作ったものです。
譜例8
この場合、Comesはどのようになるでしょうか? Duxの開始の音はc。つまり主音から始まっているので基本的な作り方でComesができそうです。Comesは次のようになります。
譜例9
それでは次のDuxにはどのようなComesができるでしょうか?
譜例10
これはFdurのDuxで、cの音から始まっています。cはFdurの属音ですので、Comesはその4度上の音にあたるf、主音を冒頭に置くことになります。
譜例11
しかしその冒頭より後はDuxの5度上にあたる音になりますので、次のような形になります。
譜例12
フーガにおけるDuxとComesの関係について、課題に取り組んでみましょう。次のDuxそれぞれに適したComesを書いてみてください。
課題
前回の課題の解答は次の通り。課題1は5度のカノンのみ可能です。
前回課題解答例
課題1
課題2
まとめ
今回は「カノンの種類」と「フーガにおけるDuxとComesの関係」について学びました。主題を反行、逆行させたり、さらに拡大させたりしながらパズルのように当てはめていくカノンに対して、フーガはより自由のあるものでした。
フーガの導入として今回は冒頭のDuxとComesについて紹介しましたが、この2つの声部の関係は次のようにまとめることができます。
Duxの冒頭の音が
①主音である場合→Comesは属音から始まる。
②属音である場合→Comesは主音から始まる。
Comesの冒頭の音より後の音は、いずれの場合もDuxの5度上にあたる音になる。
フーガの冒頭はこの2つのパターンのいずれかで作られると考えて問題ありません。次回はフーガにおいて対位法的に注目すべきもう一つのポイントである「展開部」について学んでいきましょう。