フーガの主題の展開について
作曲のことを英語ではcomposition(コンポジション)、ドイツ語ではKomposition(コンポジツィオン)、フランス語ではcomposition(コンポジシオン)といいます。これらは同時に「構成」という意味も持ちますが、言語は違うのに似たような(というかほぼ同じ)単語で同じ意味を指すところが気になって、かつてラテン語も調べたことがあります。というのもヨーロッパの言語はギリシア語、もしくはラテン語に由来することが多いからです。調べてみると予想していた通り、ラテン語にも似た単語として、「compositio」というものがありました。意味は「一緒に置くこと」、「組み合わせ」、「配置」、「配列」など。
フーガにおける展開部では主題が展開され自由に構成されますが、一つの主題を変形させながら組み合わせたり、配列させたりする活動はまさに音を「構成」すること、「一緒に置くこと」です。
ところで、「展開」とは具体的にイメージしづらい言葉ですが、これは要するに「変奏」のことです。変奏とは「音楽素材(主題)をもとに、さまざまな手法でそれを変化させて演奏すること(音楽之友社『ポケット音楽辞典』より)」のこと。
モーツァルトの有名な作品に「きらきら星変奏曲」と呼ばれている作品(原題は『12Variationen über ein französisches Lied “Ah, vous dirai-je, maman” 』、直訳すると『フランス民謡「あぁお母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲』)がありますが、この作品は日本でも有名な『きらきら星』のメロディを派手にしたり、暗くしたりして変化させる手法を用いて主題が変奏されています。変奏にも様々な手法がありますが、①主題の音型やリズムを保ちながら音を変える、②主題と同じ音を使いながら音型やリズムを変える、③ハーモニーを明るいものから暗いものに、もしくは暗いものから明るいものに変える、④装飾をつけるなどがよく使われるテクニックです。
譜例1
展開も変奏とほぼ同じ意味だと理解して問題ありませんが、さてこの展開の技術がフーガにおいてどのように使われて構成されているのでしょうか? まずは次の譜例をご覧ください。
譜例2
この譜例は、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻より6番のフーガ冒頭です。Duxは主音にあたるdから始まるため、Comesはdの5度上にあたるaから始まります(実際の譜面上の音の位置は4度下)。このフーガでは21小節目から次のようになっています。
譜例3
この譜例を見ると原型も用いられていますが、反行形も用いられています。これはバッハが工夫した点で、もし仮に同じ原型ばかりが続くと聴いていて単調な印象を与えます。譜例3の反行形①と反行形②は原型をそのまま反行したものと比べると次のようになります。
譜例4
このようにフーガでは主題を原型で用いるだけではなく反行形、逆行形、逆反行形にしたりすることで工夫しながら変奏、展開されるわけです。それでは次の譜例を見てください。
譜例5
この作品は同じくバッハの『平均律クラヴィーア曲集』。今度は1巻ではなく、第2巻から2番のフーガで、譜例5はその冒頭部です。cmollのフーガで、Duxは属音から始まっています。そのためComesの冒頭は主音になっています。この主題をしっかりと覚えていてください。それでは次の譜例を見てみましょう。主題はどこに隠されているのでしょうか?
譜例6
すぐ目につくのは主題の原型ですが、実はそれは拡大形と反行形も隠されています。この譜例上で「①」とチェックされている箇所が主題の原型、「②」が拡大形、また「③」は主題の反行形です。それぞれ少しずつ音を変え、装飾がされていて、冒頭の主題の原型と拡大形を比較してみると次のように拡大していることがよくわかります。
譜例7
次の譜例は同じく第2巻の9番のフーガの冒頭です。
譜例8
Edurの作品で、Duxは主音から始まっているため、Comesは属音で開始しています。さて、ここで練習問題として譜例6を参考にしながら、次の譜例の中から主題が現れている箇所にチェックを入れてみましょう。
練習問題
練習問題解答
練習問題の解説:
主題の原型には「①」、縮小形には「②」と記しています。3段目には「②!」と記していますが、ここは縮小形と認めるか否か意見の分かれる箇所かと思われます。ここでは縮小形とします。
フォーレに見るカノンのコツ
続けて今回は対位法の手法をバッハよりも後世の人がどのように扱ったのか見てみましょう。次の譜例はフランスの作曲家ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の『レクイエム』より「オッフェトリウム」の合唱の入りの部分です。アルトのメロディをテノールが厳格に模倣しています。カノンの手法が用いられているのです。
譜例9
この部分が美しく協和している理由として考えられることは、1度や8度のカノンではなく、3度のカノンであるためだと推測できます。つまり、テノールはアルトと同じfisの音で開始して模倣するのではなく、3度下のdの音で開始して模倣しているわけです。
譜例10
これまでに対位法で学んだように3度の音程は協和音でありますし、その他の協和音(5度や8度)と比べても感覚的に美しく、柔らかい印象を与えます。しかしカノンの音程を3度にするだけで美しく調和するとは考えられません。次のように3度のカノンであっても不協和な響きになることは十分にあり得るからです。
譜例11
それではフォーレはどのように工夫しているのでしょうか? 考えられることは4分の4拍子の小節の中で強拍になる部分に同じ音を使っていることです。強拍とは1つの小節の中で特に目立つ印象を与える部分ですが、次のようにアルトの主題を抜き出して見てみると、強拍はほぼdの音になっていることがわかります。
譜例12
これを3度下で模倣するテノールはhの音が強拍に出てくることになり、この声部は2拍ずれてアルトを模倣しますので、自動的に強拍で3度の協和音が生じることになります。
譜例13
もちろんフォーレは意図的にルールに則ってこの作品を作ったわけではありませんが、私たちが学んだ対位法の規則の中には「強拍では協和音を用いること」というものがありました。強拍が目立つ箇所であるからこそ、不協和音ではなく協和音を置くべきであるという対位法のルールの根拠を結果的にフォーレの作品例が示しています。
さて、これまでに学んだことを踏まえて次の2つの課題に取り組んでみましょう。まず課題1のメロディを原型として、その反行形、逆行形、逆反行形、そして拡大形と縮小形を作ってみましょう。そして課題2のメロディに対してカノンを作ってみてください。前回の課題の解答も合わせて掲載します。
課題1
課題2
前回課題解答
課題の1はBdurでDuxは主音で始まっているため、Comesは属音から始まります。
課題の2はamollでDuxは属音で始まっているため、Comesは主音から始まります。
課題の3はhmollでDuxは主音で始まっているため、Comesは属音から始まります。
まとめ
これまでに対位法的楽曲としてカノンとフーガを紹介してきました。主題を厳格に模倣するカノンとある程度自由に模倣するフーガ。厳格に模倣するカノンと自由でありつつもその分主題をどのように展開させるのかという発想力が必要なフーガはどちらもそれぞれの難しさがあります。
さて、今回でカノンとフーガに関する大まかな解説を終えます。
ところで、ヨーロッパの言語で「作曲」という単語は同時に「構成」という意味も持つことを紹介しましたが、「構成」や「配列」というと少し機械的な冷たい印象を受けます。対位法のルールに沿うだけでは冷たい構成物になりがちなものを、作曲家たちはそれぞれ独自のこだわりや工夫、アイディア、そしてオリジナリティをこめることによって1つの音楽へと昇華させました。対位法を含め、様々な音楽理論はある意味で音の構成の規則や慣習を教えることではありますが、それらを踏まえた上でいかに音を構成させるかが大切です。その「いかに」の部分は教えることも、教本で学ぶことも難しいものです。しかし、他の作品を聴き、味わい、吸収することが自分自身の方法、オリジナリティのきっかけになると信じています。
今回はフーガにおける主題の展開の仕方や作品へのカノンの応用について、バッハとフォーレの例を紹介しましたが、ぜひその他の作曲家や作品から、彼らがいかに対位法を応用し、いかに音を構成しているのか感じ取ってみましょう。
さて、次回は少し気分を変えて、ポップスの作品の中で対位法を読み取ってみたいと思います。