ポピュラー音楽と対位法
私たちはこれまでにいわゆる「クラシック音楽」をベースとして対位法を学んできました。今回は少し気持ちを変えて、ポピュラー音楽から対位法を読み取ってみたいと思うのですが、ところでそもそもポピュラー音楽に対位法は可能なのでしょうか?
基本に立ち戻ってみますと、対位法とは英語でcounterpoint、ドイツ語ではKontrapunkt、そしてフランス語ではcontrepoint。いずれも「点に対して(置かれる点)」と直訳されます。この「点」とは要するに音符のことで、広く考えれば旋律、メロディのことです。ですので、点に対して(置かれる点)とはメロディに対して置かれるメロディのことで、つまりメロディが複数重なり合っている状態のことです。
譜例1(バッハ 『平均律クラヴィーア曲集』第1巻20番のフーガより)
そこで冒頭の「ポピュラー音楽に対位法は可能なのか」という疑問に戻ってみましょう。そもそもポピュラー音楽というとJ-popやロック、ジャズ、演歌などが連想されますが、それらの中で前回までに私たちが学んだような「対位法的楽曲」を、少なくとも私は聴いたことがありません。J-popのカノンや演歌のフーガなどがあれば、それはそれで興味深いもので聴いてみたいところですが、なかなか想像できるものではありませんね。
もちろんそれは、カノンやフーガが書かれているクラシック音楽のみが優れているということを意味するわけではありません。対位法的楽曲にはその音楽的な面白さがあり、J-popやロック、演歌にもそれぞれの音楽的な面白さがあります。音楽はどこまでも平等であり、その様々な音楽から広く吸収することで、音楽は自由になると私は信じます。
さて、ポピュラー音楽にカノンやフーガなど対位法的楽曲が見られないとしても、メロディとそれを支える伴奏がある以上、その音楽から対位法的な要素を見出すことは可能です。対位法が、あるメロディに対してどのようなメロディを重ねるのかということに関する理論だとして、ある作品の中でメロディ以外の要素(たとえば内声やバスのフレーズ(バスライン)など)にメロディと同じような美しさを感じることができれば、ある意味でそれは対位法的なものであると言えます。
ポピュラー音楽を通して見る対旋律
たとえば、ビル・エヴァンスの名曲『Waltz for Debby』は、メロディだけではなくバスラインも旋律的に聴こえます。その中間部のメロディとバスラインを抜粋すると次のようになります。なお、作曲者のビル・エヴァンスの著作権は2021年現在残っていますので、音名のみを掲載します。
表
これはジャズのトリオの多くにはベース奏者が含まれることに大きな要因があるように思われますが、この作品のメロディに似ているようで似ていないバスラインが、作品に奥行きを作り出しているように感じます。このようなメインとなるメロディ(「主旋律」とも言ったりします)をより際立たせるためのメロディのことを対旋律と言います。対旋律を作るためにはどのようなことに気をつけた方が良いのでしょうか?
対旋律の作り方のコツ
ここで『La vie s’en va』を聴いてみましょう。この楽曲はジョエル・オルメスが作曲したシャンソンの名曲で、作曲者本人の歌で有名です。このワルツ風のメロディは続けて繰り返されますが、2回目に繰り返し同じメロディが歌われるとき、次のような対旋律が現れます。
『La vie sʼen va』の対旋律の音名
a h c e g f f e f g a h d f e e c h
伴奏よりもメロディらしいフレーズであるものの、主旋律を崩すことなく、そっと添えられているようなメロディが対旋律です。この主旋律と対旋律の関係を見てみると、次のポイントに気が付きます。
①主旋律が2拍目から始まるのに対し、対旋律は1拍目から始まる(※主旋律の冒頭のhの音はその前のメロディの最後の音になりますので、主旋律の始まりは2拍目からとなります)。
②主旋律が四分音符や八分音符などの短い音符を中心にして成り立っているのに対し、対旋律は長い音符がメイン。
③主旋律の音域は6度以内に収まっているのに対し、対旋律はオクターブ以上にまたがる。
まず①について。これこそフーガやクラシック音楽の対位法的な作品にも言えることなのですが、このように主旋律と対旋律の始まりを多少ずらすことによって、聴き手はそれぞれが別のメロディであることに気が付きます。逆に主旋律が1拍目から始まる場合は、対旋律は途中の拍から始まることで、同じ効果を得ることができます。
譜例2
そしてそれぞれが違うメロディであるということを示すために、使用する音符の長さを変えることもコツの一つです。たとえば次のような対旋律だと、主旋律と同じように全て四分音符で作られているので、それぞれのメロディが独立しているように聴くことは難しいものです。
譜例3
音域については、その楽曲がどのような効果を狙っているのかによりますが、基本的に、主旋律が狭い音域の中で書かれていれば、その対旋律は広い音域で作ることがコツです(もちろん逆に主旋律が広い音域で、対旋律が狭い音域で作られることも考えられます)。しかしながら、主旋律も対旋律もどちらも狭い音域で書くこともでき、それにも独特な音楽的効果を見込むことができます。
以上のことをまとめますと、主旋律と対旋律の関係は次のようになることがポイントとなります。
その他に、「主旋律の中で跳躍進行があるところでは対旋律は順次進行をする」ということにも心がけると良いでしょう。というのも跳躍進行はメロディの中で印象を与えやすいものだからです。
しかしそれは跳躍進行が必ず絶対的に目立つからではなく、おおよそメロディとは順次進行で成り立っていることが多く、その中で跳躍進行は相対的に目立って聴こえるためです。たとえば私たちの生活の中でも、身長170cmの人が多い中に、身長180cmのAさんが一人立っているとAさんはとても目立って見えますが、そんなAさんも身長180cmの人がたくさんいる環境では目立つことはあまりありません。
それと同じことで、跳躍進行がメロディの中で印象的に聴こえるのは跳躍進行が全てそのような力を持っているのではなく、メロディは基本的に順次進行メインで作られていて、その中でフレーズが跳躍するために、ドラマティックな印象を与えるのです。
さて、対旋律の作り方について学んでみましたが、今回の課題として『Et Maintenant』に対旋律を付けてみましょう。この楽曲については2021年現在著作権がまだ切れていないために楽譜を掲載することができません。皆さん各自で楽譜を準備して対旋律の作成に取り組んでみてください。ハーモニーなども参考にして作ってみましょう。もちろんこの課題には唯一の完璧な解答は存在しません。自分自身の感性の中で、より効果的な対旋律を作ることを心がけてください。
前回の課題の解答例は次のとおりです。
前回課題解答1
前回課題解答例2
まとめ
今回はポピュラー音楽で対位法が可能かどうかということから考えた上で、対旋律に注目して取り組んでみました。要するに対旋律の作り方のコツは、主旋律とは性格の違うものにするということ。そのためには、そもそも主旋律にはどのような特徴があるのかということを見極める必要があります。主旋律が狭い音域で書かれていれば対旋律は広い音域で書かれますし、主旋律が長い音符を中心として成り立っていれば、対旋律は短い音符で成り立つようにすることがポイントです。このようにして対旋律を作ることで、主旋律と違う性格を示すだけではなく、作品全体に奥行きのような立体感を出すことができます。
次回はこれまで学んだ対位法について総復習をした上で、今後の対位法の習熟のためのアドバイスを示したいと思います。