これまでに取り組んだテーマ
これまでに二声の対位法から最終的にはフーガについて紹介してきましたが、今回でいよいよ最終回です。対位法のルールは和声法に比べるとシンプルで、守るべき規則も多くはありません。これまでの内容の復習は次の表を参考にして、取り組んでみてください。
これまでの回で取り組んだテーマ
テーマ | 取り上げた回 |
---|---|
・対位法の基本事項 ・参考になる教本の紹介 | 第1回 |
・対位法の始まりについて ・旋法について | 第2回 |
・二声対位法の「1:1」について | 第3回 |
・二声対位法の「1:2」について | 第4回 |
・二声対位法の「1:1」と「1:2」の復習 | 第5回 |
・二声対位法の「1:4」について | 第6回 |
・対位法におけるシンコペーションとリズムについて | 第7回 |
・二声の自由対位法について | 第8回 |
・中世の対位法について | 第9回 |
・三声対位法の音程について | 第10回 |
・ルネサンスの対位法について ・三声対位法について | 第11回 |
・三声対位法の「1:2」について | 第12回 |
・三声対位法の「1:2」について復習 | 第13回 |
・三声対位法の「1:4」について | 第14回 |
・第14回までの復習 ・三声の自由対位法について | 第15回 |
・カノンについて | 第16回 |
・フーガについて | 第17回 |
・対位法の実践例の紹介 | 第18回 |
・ポップスにおける対位法について | 第19回 |
ところで、今までに何度か述べましたように、メロディにどのようなメロディを付けるのかということが対位法の主要なテーマです。なので、2つ以上のメロディが必要であると私たちは考えてきました。なぜこのような言い方をするのかといいますと、私はここでこれまでなんとなく私たちの中で暗黙の了解のようにしていたことについて改めて考えてみたいからです。そうすることによって様々な対位法の形を探ることができるのではと思います。対位法においてメロディは必ず2つ以上なければならないのでしょうか?
アルペジオとメロディ
話題はそれるようですが、たとえば音楽の中で次のような伴奏形を聴くことがよくあります。
譜例1
これは「アルペジオ」と呼ばれる音形で、バロックから現代まで幅広く伴奏形として用いられてきました。ところで、私たちは二声の対位法といえば次のように2つのメロディが同時に演奏される形を想像します。
譜例2
三声だと次のようになりますね。
譜例3
では、仮に譜例3にアルペジオをつけると声部はいくつになるのでしょうか?
譜例4
ここで改めて考えてほしいことは、そもそも「声部」とはどのようなものなのかということです。二声対位法は2つの声部を重ねる対位法で、三声対位法は3つの声部を重ねる対位法。あるメロディAに対して別のメロディBやCを重ねる技術が対位法であり、これまでにこのメロディAは定旋律、メロディBやCは対旋律だと習いました。
これらのことを踏まえますと、要するに声部とはメロディ、旋律のことです。ではさらに、良いメロディとは何かと考えてみますと、それは「歌うことのできるメロディ」です。どのようなメロディでもテクニックさえあれば歌うこと自体はできそうですが、次のaとbとではどちらがより歌いやすいでしょうか?
譜例5
明らかにbの方が歌いやすそうです。なぜなら、aの方は跳躍進行が多く、音の形も複雑ですが、それに対してbの方は順次進行がメインで、メロディラインは綺麗な山形となっており、よりシンプルだからです。
さて、話を戻してアルペジオを三声対位法につけると声部の数はいくつになるでしょうか? ここではアルペジオを「声部」とするかどうかが鍵となります。声部とはメロディのことで、良いメロディとは歌えるメロディのこと。では、次のアルペジオを歌ってみましょう。
譜例6
とても歌いにくいことに気がつきます。これはメロディと言うよりも、伴奏のような印象を受けます。なので、先の譜例4の声部は3つであり、アルペジオは声部に含めない方がしっくりきますね。
アルペジオの中のメロディとは?
しかし、ここでもう少し考えてみましょう。不思議なことに私たちは、アルペジオの中にメロディがあるように聞き取ることができるのです。
譜例7
これはバッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻の1番のプレリュード。全体的にアルペジオの形になっています。おそらく多くのクラシック音楽の作品の中でも広く知られている作品です。まずはこの作品の演奏を聴いてみましょう。
ところで、私が昔ピアノのレッスンを受けている際に先生からよく言われたことは「アルペジオの中からメロディを浮かび上がらせなさい」ということでした。アルペジオの中にも実はメロディが隠されていて、そのメロディを浮かび上がらせるようにして演奏しなさいということなのですが、これは一体どういうことでしょうか?
たとえば、先ほどのバッハの作品もアルペジオが連続して繰り返されているような作品ですが、曲が進むにつれて次第にアルペジオの中から音が浮かび上がってくるような印象を受けます。これは言葉にするととても分かりづらいことなのですが、次の譜例の☆マークが付いている音はより目立って聴こえてくるのではないでしょうか。
譜例8
これはどうしてなのか1つずつ考えてみましょう。まず、一つのアルペジオの中で目立つ音はどれでしょうか? バッハの作品の冒頭のアルペジオを弾いてみましょう。
譜例9
譜例の☆マークが付いている音がなんとなく目立って聴こえるはずです。というのも、この音はこのアルペジオの中で一番高い音だからです。同じように次のアルペジオの場合も☆マークの付いている音が目立って聴こえます。
譜例10
ところで、この譜例9のアルペジオも譜例10のアルペジオも、それぞれ使われている音は違うものであっても、形がお互いにとてもよく似ています。
譜例11
この部分だけに限らず、この作品の中のアルペジオの形は全て似ていて、この音型が繰り返されてできていることがわかりますね。
譜例12
このように規則正しく同じものが繰り返され、パターンが出来上がるとある特定の部分が目立って感じるものです。バッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻の1番のプレリュードでも、同じアルペジオの音型が繰り返されていて、しかもそれぞれのアルペジオの中で目立つ音は必ず2拍目と4拍目に置かれています。そのことによって規則性がはっきりとし、この音がより浮かび上がって聴こえてくるものです。
さてそうなると、この浮かび上がった音同士がつなぎ合わされて次のようなメロディラインを想像させます。
譜例13
これは先ほどの譜例10で☆マークが付けられている音だけを取り出して、繋げたものです。先ほどかつてピアノの先生から言われた言葉を紹介しましたが、要するに先生が意識して欲しかったことはこの隠されたメロディラインのことだったのです。
対位法には2つ以上のメロディが必要なのか
さて、前提の解説が長くなりましたが、一番冒頭に出した「対位法には2つ以上のメロディが必要なのか」というテーマを考えてみましょう。たとえばバッハの作品の中には次のようにアルペジオがメインでできている作品はよくあります。
譜例14
これは『無伴奏チェロ組曲』第4番のプレリュードで、名前の通りチェロだけで演奏される曲です。かつてウィーンの音楽学者であるエルンスト・クルトはこの作品のアルペジオから3つの旋律を読み取り、次のように三声の対位法になっていると解釈しました。
譜例15(実際の譜例を少し改変しています)
これはクルトの言葉で言うと「擬似ポリフォニー」と呼ばれるものです。実際には譜例14のように書かれている作品でも実はそこにメロディが隠されていて、譜例15のようになるわけです。そうなると、たとえ1つのメロディでできている作品であったとしても、そこには別の声部が隠されていることも考えられますし、もしアルペジオの伴奏が付けられていれば、そこからも旋律を読み取ることが可能なのです。
そのように考えると、2つ以上のメロディをはっきりと作ることが対位法の前提であるとは必ずしも言うことができなさそうです。1つのメロディであってもそこには別の何かが隠されていて、奥行きのあるものなのです。
さて、今回は最終回ですので課題はありませんが、前回の課題の解答例を挙げます。次は対旋律の一例です。
前回課題解答例
まとめ
今回は1つのメロディでも対位法が可能なのか考えてみました。複数のメロディがなくてもたった1つのメロディだけで対位法を作ることができ、そうすることによってより奥行きのある旋律を作ることができるのでしたね。
さて、対位法についての全20回のシリーズはこれで終わりますが、最後に今後の対位法の学びのためにお伝えしたいことがあります。冒頭でも述べましたように、対位法のルールは数が多いものではありません。これまでに紹介したものの他にもいくつか付け加えられる対位法の規則はあるかとは思いますが、それは多くはありません。
では、今後はどのようにして勉強するべきか。かつて私の作曲の先生は「対位法は感覚で覚える要素が多いため、独学には向かない」と言っていました。たしかにメロディの良し悪しというものはどこか感覚的でありますし、だからこそしっかりと対位法的な感性を身につけた人に学ぶ方がより正しい対位法的な感性を身につけることができるということにも納得できます。
しかし、あえてその言葉に反抗するならば、感覚的であるからこそ、独学でも可能なのではないかとも考えられます。何か作品を作る際に、最終的に判断するのは作曲者自身です。たとえ偉い先生や有名な作曲家に自分自身の対位法やメロディについて何か言われたとしても、自分がこれで良いと思うことができるのであれば、それが正しいのだと私は考えます。
そのように思うためにはかなりの自信が必要です。そのためにも、対位法を学ぶ中で自分自身の感性を磨き、その感性を信じることが一番大事かと思います。そして、自分の感性で作ったものが他の人に受け入れられない時に、なぜ受け入れられなかったのかと考えるスタンスも大切で、そこからより深い理解を得るでしょう。このような開かれた感性でこれからも対位法に取り組んでいきましょう。