これまでに取り組んだテーマ
いよいよ今回は和声法の最終回。学んだことをまとめ上げたいものです。しかし、ここまで取り組んだすべてを網羅的にまとめることは結構な困難です。と言いますのも、私たちがこれまで学んだ和声法は音大で2年近くかけて取り組む内容だからです。仮に1年間のコマ数を30コマとすると、60コマに相当する内容を前回までにやってきたわけです。これを今回で総復習することは皆さんにとっても、私にとっても大変です。
これまで学んだことはそれぞれの回を振り返っていただくこととして、今回は和声法のエッセンスを皆さんにお伝えできればと思います。これまでの内容を振り返るために次の表を参考にしてください。前回までの中で私たちが取り組んだテーマをまとめたものです。
これまでの回で取り組んだテーマ
テーマ | 取り上げた回 |
---|---|
・和声法の基本事項 ・参考になる教本の紹介 | 第1回 |
・三和音の基本形と転回形について ・長三和音、短三和音、増三和音、減三和音について | 第2回 |
・和音同士の繋げ方について ・終止の種類について | 第3回 |
・和声記号の紹介 ・転回形の使い方について | 第4回 |
・V7の基本形と転回形の使い方について ・V9の使い方について | 第5回 |
・属和音の根音省略形について | 第6回 |
・第1回から第6回までの復習 ・和声分析の方法について | 第7回 |
・ソプラノ課題の取り組み方、コツについて | 第8回 第9回 |
・ドミナンテ以外の7の和音について ・借用和音について | 第10回 |
・準固有和音の使い方について | 第11回 |
・ドッペルドミナンテの使い方について | 第12回 第13回 |
・近親調への転調について | 第14回 第15回 |
・第1回から第15回までの簡単な復習 | 第16回 |
・モーツァルトの和声法について | 第17回 |
・ベートーヴェンの和声法について | 第18回 |
・ポップスの和声法について | 第19回 |
和声法のエッセンスとは
和声法のエッセンスとはどのようなものでしょうか? たとえば、「導音は必ず主音に進行する」というルールがありました。しかし、導音が主音に進行しないことなんてよくあることです。和声法では次のような進行が可能です。
譜例1
Cdurの導音hは主音cに進行せずに、半音下がってbの音になっています。どうやらここでFdurに転調しているようです。「導音は主音に進行する」というルールは和声法のエッセンスとは言えなさそうです。
では、「和声はIの和音で終止する」というルールはどうでしょうか? 和声法の教本ではほぼ必ずIの和音で終止していますので、これについてはエッセンスと言えそうな気もしますが、ポピュラー音楽にはIの和音で終止しない作品がたくさんありますし、クラシック音楽にもそのような作品はあります。
しかし、作品によってIの和音で終止しないのはどうしてでしょうか? ここまで和声法を学んだ皆さんでしたら、Iで終止しないとなんだか心地の良くない印象を受けるのでは?
譜例2(Iの和音で終止していない例)
実はその点に和声法のエッセンスを見出せると私は考えます。これまでに何度か述べたことでありますが、音楽は「緊張と緩和」の繰り返しによって成り立っています。和声法に則して考えてみると、ドミナンテによる緊張状態はトニカに進行することによって緩和されます。
和声法ではこの他にサブ・ドミナンテもありますが、サブ・ドミナンテはあくまで「サブ」のドミナンテです。和声法の大きな柱はドミナンテとトニカだと考えてください。
つまり、緊張と緩和こそ和声法のエッセンスであり、ある作品の中でいかにして緊張と緩和が生じているのか、そして皆さんがいかにして和声法的に緊張と緩和を作り出しているのか、それらのことを意識することは重要ですし、和声法の理解に直結するものです。
また、ここで大事なのは、緊張は必ずしも緩和されなければいけない、というわけではありません。効果が望めるのであれば、緊張状態を保ったまま作品が終止することもありえ、そのような時に主和音以外の和音で終止することもあるのです。そして以上のことが十分に意識できれば、少なくともシェーンベルクまでの音楽、場合によっては現代のアヴァンギャルドな音楽までも理解する手がかりを得るでしょう。
ついでに、もう一つ意識してほしいことがあります。たとえばCdurの中では「g-h-d」の和音はドミナンテの役割を持ち、「c-e-g」の和音はトニカの役割を持っています。しかしながらそれがGdurでは「g-h-d」はトニカですし、「c-e-g」はIVの和音、つまりサブ・ドミナンテです。このようにある和音は調が変わることによってその持っている役割、機能が変わるのです。
私たちの社会でも、たとえばある人は家庭では優しいお父さんとして、会社では厳しい上司として、また趣味のサークルでは気さくな友達としての顔を持つことがあります。和声法も同じように調という1つの小さなコミュニティの中でそれぞれの和音にはそれぞれの役割、顔を与えられています。それらは別の調の中ではまた違った役割と顔を持つのです。このことを意識すると、特に転調について理解しやすくなるでしょう。
今後の学びで取り組みたいこと
古代ギリシアのヒポクラテスが言ったように、「芸術は長く、人生は短し」です。ここまで学んだことだけでもすごいことですが、和声法にはまだまだ学ぶべきことがたくさんあります。
たとえば、和声法の中ではまだまだ多くの和音が用いられます。前々回の課題の解答の中で、「ナポリの和音」について簡単に紹介しました。これは短調の中で用いられるもので、IIの和音の根音を半音下げた形で、「-II」と記されます。
譜例3
その機能もIIの和音とほぼ同じく、サブ・ドミナンテの役割を持ちます。第一転回形で用いられることがほとんどです。
譜例4
この他にも「ドリアの和音」や「ピカルディ終止」など、和音だけではなく終止法にもさらに種類があります。これらは必ずしも重要な和音というわけではありませんが、覚えておいても良いでしょう
また、ぜひ取り組むことをおすすめしたいのが「フランス和声」です。フランス和声については一言で説明することは難しいのですが、ポイントは「弱進行」です。私の作曲の師匠はかつて、「フランス和声の特徴は弱進行だ」と言っていました。弱進行について知ると、フランス和声を少しだけ覗くことができそうです。
この弱進行について説明する前にまずは強進行について述べます。強進行とは、バスが①4度上行(もしくは5度下行)、②5度上行(もしくは4度下行)、③3度下行、④2度上行する進行のことです。これらは古典的な和声進行でよく見られる進行です。
譜例5
さて、弱進行とは要するに強進行以外の進行のことです。たとえば3度上行や2度下行などがそうです。
譜例6
これら弱進行は私たちが学んだような古典的な和声法では見られないものですが、フランス和声においてよく使われます。そんなフランス和声については、アンリ・シャランの『380の和声課題集』で学ぶことができます。都心の大きな書店やインターネットでも購入が可能なので、ぜひ探して見てください。
最後にもう一つ、私がこれまでに和声法に取り組んできた中で、学んでよかったと感じたものがあります。それは「和声記号」についてです。私たちが和声法に取り組み始めた頃に、いわゆる「芸大和声」の『和声 理論と実習』で用いられている記号を使って解説するとお伝えしました。
和声記号なんて、和声法の本質ではないのではと思う方もいるでしょう。しかし実はそうでもないのです。たとえば、Cdurの「c-e-g」の和音はこれまで「I」と記してきましたね。これはドイツ式では「T」と記します。フランス式では私たちと同じように「I」で、ポップスでよく用いられるコードでは「C」と記します。第4回目でも触れていましたので、ここでは詳細を省きますが、それぞれ少しずつ違っているのです。
もちろん芸大和声式とドイツ式、フランス式、そしてコードのどれが優れているということはありません。しかし、これらを知っていることで様々なジャンルの楽譜を読むときや、その他のジャンルの人と音楽で共演する際にとても便利です。
フランス式の和声記号については音楽之友社の『新しい和声』に詳しく書かれていて、コードについては多くの本で説明されていますが、ドイツ式の和声記号については日本ではなかなか説明しているものがありません。私が知っている限りでは『音楽のためのドイツ語事典』という本にドイツ式の和声記号が掲載されていますので、興味がありましたらぜひご一読を。
さて、今回は最後の回ですので課題はありませんが、前回の課題の解答を次のとおり掲載します。
前回課題解答1
前回課題解答2
前回課題解答3
まとめ
ここまで20回にわたって和声法について解説してきました。その中で細かいルールについては省いて、大事なものだけに限定して紹介しました。ですので、もっと深く知りたいと思う方は『和声 理論と実習』に取り組んでみましょう。この教本で用いられている和声記号をここでも使用してきたわけですから、比較的スムーズに理解できるかと思います。場合によっては、全部で3巻あるこの『和声 理論と実習』の2巻から取り組んでも問題ないかもしれません。
さて、何度かお伝えしましたように、私たちが学んだ和声法は昔のヨーロッパの人々のハーモニーに対する感覚を理論化したものです。しかもその人々とは、教会や王侯貴族に使える人や芸術家など、知識階層と呼ばれる人たちです。
もちろん、音楽やハーモニーは昔のヨーロッパの知識人だけのものではありません。音楽はどこにでもありますし、ハーモニーを美しく感じる力を私たちは持っています。ぜひ、様々な音楽に目を向けて、そこで奏でられているハーモニーに耳を傾けてください。いろいろな文化、コミュニティのハーモニーを感じ、理解することで、異文化理解にも少しだけ近づくのかなと私は感じています。
また、もしかしたらお気づきかもしれませんが、和声法を学ぶことによって和音や響きに対する感覚がより研ぎ澄まされてきます。時の流れの早い現代において、ふとした瞬間に美しさを感じることができる感性を身につけることは幸せなことではないかと思います。その小さな入り口として、これからも和声法に興味を持っていただければ私としては何よりも幸いです。