

カノン進行とバスの進行
これまでいわゆる「クラシック音楽」の和声法を学んできましたが、それはそもそも和声理論自体がクラシック音楽を土台にして成り立っているためでした。しかしながら、和声法は様々な作曲家によって独自の方法で用いられています。そのような作曲家独自の和声的な特徴を前回までに紹介したわけですが、今回はポップスにおける和声法について紹介したいと思います。ポップスの和声の特徴として今回は「和声進行」、「ゼクヴェンツ」、そして「転調の方法」について限定して学んでみましょう。
まずは次の譜例を見てください。
譜例1

これは「カノン進行」と呼ばれる和声進行です(「カノンコード」とも呼ばれます)。このカノン進行はとりわけ歌謡曲やJ-popによく見られ、様々な名曲に用いられている進行です。譜例1の和声進行のみを聴いていても感動的な、琴線にふれるような印象を受けます。
ところで、この進行はなぜ「カノン」と名付けられているのでしょうか? 私の手元にある辞書にはカノン進行についての記載がそもそもなく、これまでに読んだ音楽書でもこの用語を目にしたことはありません。しかし、一般的には『パッヘルベルのカノン』に由来するとよく言われます。『パッヘルベルのカノン』と言えば、山下達郎の『クリスマス・イブ』の間奏部で用いられていることで有名ですが、確かに、『パッヘルベルのカノン』とカノン進行は同じ和声進行になっています。
譜例2(原曲はDdurですが、譜例1と比較しやすいようにCdurに変えています)

譜例を見てわかるように、『パッヘルベルのカノン』の方は全て基本形の和声であるため、バス進行が跳躍で進行しています。ポップスのカノン進行ではバスを跳躍ではなく、順次進行に変えて下行することが多いです。
カノン進行という名前が『パッヘルベルのカノン』に由来しているのかどうか、その真偽のほどはわかりませんが、この感動的なカノン進行が、同じように美しく、多くの人に親しまれている『パッヘルベルのカノン』に由来するということも納得できますね。
さて、そんなカノン進行は次の作品で多少アレンジされながら用いられています。
- ZARD『負けないで』
- サザンオールスターズ『TSUNAMI』
- 森山直太郎『さくら』
カノン進行はどうして美しく感じさせるのでしょうか? 推測できることは、この進行の中に長三和音も短三和音も同じように含まれるということです。長三和音の方は明るい印象を、短三和音の方は暗い印象を与えます。
譜例3(Cdurの長三和音と短三和音の例)

たとえば私たちがこれまでに学んだ和声法では、次のように長調では長三和音が主に使われました。
譜例4

それを踏まえて考えてみると、ひたすら明るい音楽よりも、明るさと暗さの中間にあるような「どこか影のある切ない雰囲気」によって、多くの人がカノン進行に惹かれているのではないかと推測できます。
また、カノン進行に特徴的なことはバスが順次下行していることです。跳躍進行ではなく、順次進行であるという点は、比較的少ないストレスで、細かな和声の移り変わりを感じさせる要因であると推測できます。
しかしながら、バスが順次下行しているという点でのみ考えると、カノン進行に限らずその他の和声進行にも見出すことができ、それらの進行からもカノン進行と同様に感動的な印象を受けることができます。
譜例5

この譜例はフランク・シナトラの歌で有名な『My Way』の冒頭部分です。この部分は厳密にはカノン進行ではありませんが、ポップスにおけるカノン進行と同様に、バスの進行が4小節にかけて順次下行していることがわかります。しかし、カノン進行であればそのままさらに下行しますが、この作品の場合は一度跳躍した上で再び順次下行しています。この点に作曲者のオリジナリティを見出すこともできます。
ゼクヴェンツの多いシャンソン
続いて次の譜例を見てください。
譜例6

これは「ゼクヴェンツ」と呼ばれる進行で、「反復進行」とも言われます。実は前回少しだけ触れたことのある進行なのですが、念のために復習します。ゼクヴェンツとは、ひとつの短いフレーズや和声進行を、少しずつ音程を変えながら反復する進行のこと。たとえば先ほどの譜例6ではaと記されている進行が、その次の小節ではそのまま2度下がり反復され、その次はさらに2度下がっています。
ゼクヴェンツは特にシャンソンで頻繁に用いられていて、次の一覧はその例です(例の()の中に記されている名前は日本で通用している名前です)。
- 『Jours en France(白い恋人たち)』
- 『Les Feuilles Mortes(枯葉)』
- 『Hier Encore(帰り来ぬ青春)』
他には、『シェルブールの雨傘』でもゼクヴェンツが用いられています。
譜例7

この譜例を見てみると、aの部分がそのまま2度下がり反復することで、その次のbの部分ができていることがわかります。これもゼクヴェンツとして考えても問題ないでしょう。
『シェルブールの雨傘』の転調法について
『シェルブールの雨傘』を通して、ポップスによく見られる転調法について紹介しましょう。
譜例8

これは先ほどと同様に『シェルブールの雨傘』からの抜粋で、cmollからcismollに転調しています。この二つの調は近親調ではありませんが、実はこのように、主調から短2度上の調へと転調することはポップスでよくあることです。そしてこの転調は結果的に遠い調へと転調するため、ドラマティックな印象を与えます。一体どのように転調しているのでしょう。
譜例9

譜例9の通り、転調先のcismollのVの和音は「gis-his-dis」で成る和音です。この和音は異名同音で読み替えると「as-c-es」となり、どちらも音名は違うものの、同じ音でできています。
譜例10

実はこの「as-c-es」はcmollからするとVIの和音になります。
譜例11

つまり、この「gis-his-dis」の和音はcismollに含まれるVであるものの、異名同音で読み替えることによってcmollのVIの和音としても解釈できるわけです。この仕組みを利用したものに、「エンハーモニック転調」という転調法がありますが、これはショパンなども用いた伝統的な転調法の一つでもあります。『シェルブールの雨傘』でも同じ手法を用いて短2度上の調へ転調していることがわかります。
譜例12

さて、今回はポップスにおいて特徴的な和声法として、カノン進行とバスの進行、ゼクヴェンツ、そして短2度上の調への転調について紹介しました。今回はその中でもゼクヴェンツについて課題を出したいと思います。次の例を参考にして、3つの課題のゼクヴェンツを書いてみましょう。課題に記載されている和声を2度ずつ下げながら反復してください。
課題の例

課題の解き方
次のようにaの部分をそのままの形で、2度下にずらして反復します。

例の解答
同じように2度ずつ下げながら反復し完成です。

課題1

課題2

課題3

前回課題の解答例は次のとおりです。
前回課題解答例

2小節目でドッペルドミナンテを用いて、gmollからdmollに転調しています。なお、6小節目のamollのII1は本来hの音を含むべきですが、bの音になっています。これは「ナポリの和音」と呼ばれる和音で、この和音については次回解説します。そして、7小節目から9小節目にかけてゼクヴェンツされ、11小節目では再びドッペルドミナンテを用いて、gmollからCdurに転調しています。
まとめ
今回は「ポップス」の和声法について簡単に紹介しましたが、ところで、そもそもポップスとはどのような音楽のことを指すのでしょうか?
よく言われることは、「クラシック音楽以外の音楽」という定義です。しかしながら、クラシック音楽以外には、J-popやロック、ジャズやボサノヴァなど様々なジャンルの音楽が含められます。これらそれぞれの音楽にはそれぞれの魅力があり、その魅力ある音楽を「ポップス」とひとつにまとめるのは少し無理のある感じがします。
しかも、たとえばジャズの中にもクラシック音楽のような作品もありますし、クラシック音楽の中にもジャズのような作品があります。たとえば、ビル・エヴァンスの作品にはクラシック的な要素も頻繁に見られますし、ショスタコーヴィッチは『ジャズ組曲』という作品を書きました。ジャンルに縛られることなく柔軟に音楽を吸収していくことは、独自の和声のきっかけになるでしょう。
さて、次回はこれまで学んだ和声法についてまとめ、フランスの作曲家の作品に見られる和声法について紹介したいと思います。
