対位法のよくわからない言葉
みなさんは対位法を勉強している中で、いろいろな聞き馴染みのない言葉に出会うことはありませんか?
たとえば対位法を学んでいてよく目にする言葉といえば、「パレストリーナ」というものがあります。対位法の教本にも『パレストリーナ様式の歴史と実習(イェッペン著)』とか『パレストリーナ様式による対位法(テホン)』とかあり、「○○様式」という言葉からも難しさを感じてしまうことは多いでしょう。他にも「中世の対位法」や「ルネサンスの対位法」という言葉もあり、歴史の授業のようで難しそうに感じてしまいますね。
だけどそれは対位法の歴史がそれだけ長く、その長い歴史の中で築き上げられたものであるということを意味します。その歴史を知ることは対位法の学習にも有意義であることでしょう。あまり難しく考えずに、中世やルネサンスの対位法の作品に触れてみるといったような気軽な感じで、昔の対位法とはどんなものだったのか探ってみましょう。
ノートル・ダムの音楽
まず今回は中世の音楽に注目しましょう。どこからどこまでが中世なのか決めることは難しいところですが、ひとまず今回は12世紀から14世紀の音楽について取り上げます。
中世の音楽は大きく2つの音楽に分かれます。そのうちの1つの音楽は「ノートル・ダム楽派」と呼ばれます。この名前から察することができるように、パリのノートル・ダム大聖堂で活躍した作曲家たちがノートル・ダム楽派で、彼らは12世紀の後半から13世紀にかけて活動しました。
ノートル・ダム楽派の作品にはどのような特徴があったのでしょうか?
ノートル・ダム楽派のリズムのはなし
まず大きなことは、彼らの作品は「3拍子系のリズムがほとんどであった」ということです。この「3」という数字は西洋の作曲家たちにとって特別な意味を持ちました。というのも3という数字は、キリスト教の「三位一体」を象徴していたからです。つまり「3」は完全で神聖な数字であったというわけです。
余談ですが、4分の4拍子は次のように、「C」のような記号で表されることがあります。
譜例1
西洋の人々は「3」を完全な数字であると考えていたと紹介しましたが、同時に丸「○」も「完全」を意味すると考えていました。つまり、4分の4拍子の「C」は、完全である「3」拍子ではないという意味で、完全な丸「○」ではなく、欠けた丸「C」ということを表しているのです。音楽の記号にはこのようにいろいろな背景があっておもしろいです。
3拍子系のリズムは完全なものとして扱われ、「完全テンプス」と呼ばれ、2拍子系のリズムは「不完全テンプス」と呼ばれました。
また、この時代の作品は「リズム・モード」と呼ばれる、リズムの定型のようなものが用いられました。リズム・モードには、第1モードから第6モードまで6種類の定型がありました。次の定型がリズム・モードです。これを見るとリズム・モードも3拍子系のリズムであることが分かります。
譜例2
ノートル・ダム楽派の代表的な作曲家
ノートル・ダム楽派の代表的な作曲家は、レオナンとペロタンです。どちらもフランス語ですが、ラテン語読みをして「レオニヌス」と「ペロティヌス」と呼ばれたりもします。
より有名なのはペロタンの方です。この時代の多くの作品は2声や3声で書かれていましたが、ペロタンはこれまでにはなかった「4声」の作品を作り始めた人でした。些細なことのように思えますが、実はこれは重大なことなのです。中世の音楽は基本的に「神さまのための音楽」でした。ということはただ信仰のために音楽はあるべきですから、派手であったり不要なものであったりすることは必要ないわけです。2声や3声の作品が主流であった時代に4声の作品を作るということは、音楽によって新たな試みが始まったとみることができるのです。
4声で作曲したことはペロタンの革新的なことですが、彼の作品には強拍では協和音程を用いて、それ以外の拍でのみ不協和音程を用いるというような、私たちがこれまで勉強したような対位法の規則に沿って作られているところもあります。ペロタンの有名な作品は『地上のすべての国々は』という作品です。現代の私たちからすると不思議な音楽のように聞こえるかもしれませんが、ぜひ聴いてみましょう。
「新しい技法」の時代
14世紀は「アルス・ノヴァ」の時代と呼ばれます。「アルス」とは「技法」といった意味で、「ノヴァ」は「新しい」といった意味です。先ほどのノートル・ダム楽派はアルス・ノヴァと比較して、「アルス・アンティクア」と呼ばれたりもします。「アンティクア」とは「古い」という意味です。
アルス・ノヴァの特徴は、これまで「不完全」であると見られていた2拍子系のリズムがよく使用されたことです。これには大きな意味があり、ここにルネサンスに繋がる兆しを見出す人もいます。また、先ほど紹介した「リズム・モード」はこの時代にはほとんど用いられないようになり、リズムはより自由で変化に富むものが好まれるようになりました。
このアルス・ノヴァの代表的な作曲家はギョーム・ド・マショーです。彼ははじめて一人でミサ曲全体を作曲した音楽家として有名です。ミサ曲の中には、「キリエ」、「グロリア」、「クレド」、「サンクトゥス」、そして「アニュス・デイ」という主要な5つの楽章(これを「通常文」といいます)がありますが、この全楽章を一人で作曲したのはマショーが初めてでした。
マショーの代表的な作品は『ノートル・ダム・ミサ曲』です。先ほどの「ノートル・ダム楽派」とごっちゃになりそうですが、こちらは「アルス・ノヴァ」の作曲家であるマショーの作品です。そしてこの曲が、初めて彼がミサ曲の全楽章を一人で作曲した作品です。
さて、以上が中世の音楽についての紹介です。ぜひ実際に音楽を聴きながら、どんな雰囲気の音楽なのか確かめてみましょう。
それでは最後に前回の課題の解答例を挙げます。
前回課題解答例
まとめ
今回は中世の音楽として「ノートル・ダム楽派」と「アルス・ノヴァ」について紹介しました。この時代は現代の私たちが思うような「和声法」はまだ存在していなくて、「対位法」の感覚で作られたものがほとんどであると考えることができます。
ところで、「3」が完全な数字と見なされていたり、それ以外のたとえば「2」が不完全であると見なされていたりと、この時代の作曲家たちは何かと数字にこだわっていそうです。しかしこれはなにも中世の作曲家だけに限らず、古代のピュタゴラスから近代のシェーンベルクまで多くの作曲家たちが音楽と数字の関係に着目していました。
私たちが学んでいる対位法でも、完全「5」度は協和音程で、短「2」度は不協和音程であるとされています。音楽と数学は、昔も現代も切り離すことのできない強い関係であるのかもしれません。このように脈々と受け継がれていることに注目してみると、対位法への見方も変わってくるでしょう。過去の時代の作品を聴きながら、現代の対位法とどのように異なるのかという視点で取り組んでみて様々な発見をしましょう。