【和声法&対位法】ワーグナーの和声法と対位法

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メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

※連載【はじめての和声法】【はじめての対位法】のおわりに、和声法と対位法の相互理解に役立つ内容をご紹介します。

目次

和声法的なところと対位法的なところ

音楽にはメロディリズム、そしてハーモニーという3つの要素があり、それらを理論化したものが和声法対位法でした。作曲家たちはこの和声法と対位法をどのように共存させながら音楽を生み出したのでしょうか?

ところで、ハーモニーを理論化したものが和声法で、メロディとリズムを理論化したものが対位法であり、それぞれの理論にはルールや禁則がありますが、ルールに完全に沿うように作曲することが良いこととは限りません。和声法にしても対位法にしてもそのルールはあくまでも一つの基準にすぎず、それは個人の考えや方法によって多少破られても、もちろん遵守されてもどちらでも良いのです。そしてまさに、ルールから逸れるという緊張感とルールを守るという安定感との関係のやりとりが、その音楽の魅力を作り出しているのかもしれません。

和声法と対位法がどのように作品の中で共存されているのか考えるためには、その作品の中で和声法と対位法のルールが遵守されているのか見るのではなく、その作品がどのように和声法的かつ対位法的にできているのかということを見る方がより意味のあることでしょう。つまり作曲家が、どのように一貫した考えで和声を作り出し、組み立てていったのかというような和声法的な工夫を調べることと、どのように複数のメロディを重ね合わせて対位法的に工夫したのか考察することが大切です。

主旋律とバス旋律

譜例1

ワーグナー トリスタンとイゾルデ メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

(オーケストラ)

 (ピアノ)

これはロマン派の作曲家リヒャルト・ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の前奏曲より抜粋です。余談ですが、この作品は管弦楽による作品ですので実際には総譜に書かれていますが、たびたび総譜を載せると膨大で見づらくなるため、ここではコンパクトにした楽譜を掲載します。

譜例1の上の2段は管楽器のパートをコンパクトにしたもので、下の2段は弦楽器のパートをコンパクトにしたものです。それぞれにAとBと記しています。このように総譜をコンパクトにした楽譜のことを「コンデンススコア」と言い、総譜からコンデンススコアを作り出すことは管弦楽法の勉強において有効です。参考として譜例1の総譜の冒頭を載せます。

譜例2(譜例1のコンデンススコアを総譜に戻したもの)

ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

さて、一般的には「トリスタン和音」という独特な和声法で有名なこの作品ですが、対位法的な要素はどのように表れているのでしょうか?

まずは主旋律を探してみましょう。主旋律とは名前の通り、メインとなるメロディのことで、一番目立つ要素です。譜例のmと記されているメロディは、この前奏曲の始まりから何度も繰り返されるメロディですので、とても大切な旋律であることがわかります。

譜例3

ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

(オーケストラ)

(ピアノ)

主旋律に加えてバスのメロディも重要な要素です(ちなみにバスのメロディのことを「バス・ライン」、「バス旋律」と言ったりもします)。音楽の中で主旋律とバス・ラインは目立つ部分で、しかもバス・ラインは和声を決定するほどの大きな力も持っています。バス・ラインは一番低い楽器で演奏されることがほとんどですので、見つけ出すことは簡単です。

譜例4

バスライン バス旋律 ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

(オーケストラ)

(ピアノ)

譜例4のbと書かれている部分がバスのメロディですね。ここまである程度和声法を勉強した人は感覚的に気がつくかもしれませんが、このバスの旋律は私たちが学ぶような古典的な和声法では見かけないような複雑なメロディです。と言いますのも、私たちが学ぶものはあくまでも17世紀から18世紀にかけて成立したような古典的な和声理論だからです。ワーグナーが活躍した時代は19世紀なので、その作品の中で古典的な和声法を拡大したり、逸脱したりすることも十分考えられます。

内声と対旋律の役割について

主旋律とバス旋律については分かりましたが、他のメロディはどのような役割を持っているのでしょうか? まずこの曲には第2ヴァイオリンとヴィオラが演奏する内声の旋律があります。次の譜例ではxと記載します。

譜例5

ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

(オーケストラ)

(ピアノ)

和声法には外声内声というものがあります。外声とはソプラノとバスのメロディのことで、内声とはソプラノとバス以外、つまりアルトとテノールのメロディのことです。要するに外声とは作品の中で目立つ部分で、内声とはあまり目立たない部分のことだと考えてください。内声はメロディとしてはあまり目立つ部分ではなく、外声を支える部分となります。そのために対位法的に重要というよりも和声法的に重要な部分だと言えます。

さて、『トリスタンとイゾルデ』にはもう一つ旋律が残されています。それは次の譜例でcと記されているメロディのことです。

譜例6

主旋律 ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

(オーケストラ)

(ピアノ)

このメロディは対旋律と呼ばれるものです。対旋律とは主旋律に対して同じように独立したメロディのことで、オブリガードとも言います。対位法とはメロディに対してメロディを重ね合わせる技術のことですが、それは要するに主旋律に対してそれに合う対旋律を作り出すことでもあります。

和声法と対位法の関係とは

前奏曲のメロディを次のように主旋律とバスの旋律、内声の旋律、対旋律に振り分けましたが、それを踏まえて簡単に考察してみましょう。

譜例7

トニカ ドミナンテ ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

まずこの抜粋の和声の特徴は、Iの和音の基本形がほとんど現れないことです。和声法にはトニカという安定した雰囲気を出す和音の機能がありますが、Iの和音はそのトニカに属します。そして、トニカが現れない反面、ドミナンテが多く使われています。ドミナンテは音楽に緊張感や推進力を持たせる機能があります。トニカが少なく、ドミナンテが多く使われているため、緊張感がありつつも曲全体が流れるような雰囲気になるように仕上げられています。

続いて主旋律と対旋律の関係に注目しましょう。主旋律は段々と上行していくようなメロディになっていますが、対旋律は上から下降するメロディになっています。つまり、この2つのメロディはそれぞれが交差するようにできていることがわかります。

譜例8

ワーグナー トリスタンとイゾルデ トリスタン和音 コンデンススコア メロディ リズム ハーモニー 作曲 和声法 対位法 音楽理論 独学 自宅

(オーケストラ)

(ピアノ)

このようにすることで音楽全体がカオスな状態、幻想的な雰囲気になるように演出されています。この楽曲は『トリスタンとイゾルデ』という楽劇(「楽劇」とはワーグナーが創始した総合芸術のことで、オペラの一種)の前奏曲です。これから物語が始まろうという時に、前奏曲の混沌とした雰囲気が効果的に聴き手を音楽の世界へと引き込んでいくようです。

ところで、再び和声法の話題に戻ってしまいますが、メロディの流れによって混沌とした幻想的な雰囲気を表現しようとすると、下手をすると収拾がつかなくなって音楽全体が解体してしまうことがあります。そのようにならないためにも、メロディの流れが自由で豊かな分、和声法でしっかりと全体を統制することが大切です。

先ほども述べましたように、この楽曲の和声法にはドミナンテが多く、古典的な和声法に比べて複雑な和声が使われてはいますが、それでも不協和音が生じないように入念に配慮されています。そのために音楽がちゃんとまとまって聴こえるのです。まさに前回紹介しました「和声法に取り組むときは対位法について考え、対位法に取り組むときは和声法について考える」ということを実践しているようです。自由な横の流れを作るために、縦の響きで統制しているのですね。

まとめ

今回はワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の前奏曲を題材にして、この中で和声法と対位法がどのように共存しているのか見てみました。この作品の中でそれぞれの楽器が演奏するメロディは4つに分かれ、それらのメロディにはそれぞれの役割がありました。

まず、和声法的にも対位法的にも決定力のあるバスの旋律の上に、メインとなる主旋律が置かれています。そして主旋律と対位法的な関係になるように対旋律が重ねられることにより、音楽全体が立体的になり、そして幻想的な雰囲気を醸し出していました。しかし、それによって音楽全体が崩れないように、内声の旋律によって和声法的に支えつつ、全体を統制しています。加えて和声法的な特徴として、ドミナンテが多用されることによって流れるような雰囲気も作り出していることも挙げられました。

このように見てみますと自由に聴こえる音楽の背景にも、理知的に統制する理論が隠されていることがわかりますね。それでは次回は時代をさらに進めて後期ロマン派の作品を題材にし、和声法と対位法の関係について考察してみましょう。

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